第77話 忘れられた歌い手
静寂。
深海災厄《レヴィア=ネメシス》の黄金眼が、真っ直ぐリツを見つめていた。
『何故、お前がまだ生きている』
深海全域が軋む。
「……は?」
リツが完全に困惑する。
「いや、知らねぇよ」
だが。
巨大災厄は、確かに“リツ”へ反応していた。
まるで。
昔から知っている相手を見るみたいに。
◇◇◇
その瞬間。
海底少女が苦しそうに呟く。
『駄目……』
「?」
『思い出させちゃ駄目……!』
だが。
もう遅かった。
《レヴィア=ネメシス》の黄金眼が、一斉に開く。
轟――!!
黒い魔力波が深海都市全域へ広がった。
「っ!!」
リツの身体が、大きく揺れる。
次の瞬間。
彼の頭へ、“知らない記憶”が流れ込んだ。
◇◇◇
暗い海。
泣いている少女。
蒼い髪。
幼い声。
『ごめんなさい……』
『また、失敗した』
その前で。
一人の青年が、静かに歌っていた。
『泣くな』
『でも……』
『お前は頑張った』
優しい声。
波音。
少女は涙を拭きながら笑う。
『……また歌って』
『何回目だそれ』
『だって好きなの』
青年が少し困ったように笑う。
そして。
少女の頭を撫でた。
『なら、門が閉じるまで歌ってやる』
その瞬間。
巨大石門が、ゆっくり開いた。
黄金眼。
黒い霧。
そして。
少女が絶望した顔で叫ぶ。
『逃げてぇぇぇっ!!』
◇◇◇
「っ――!!」
リツが息を呑む。
視界が戻る。
深海都市。
崩壊する神殿。
だが。
彼の呼吸は乱れていた。
「……何だよ、今の」
頭が痛い。
知らないはずの記憶。
なのに。
胸が苦しい。
すると。
海底少女が、泣きそうな顔で笑った。
『……やっぱり、あなたなんだ』
「俺を知ってるのか」
『うん』
少女は静かに頷く。
『ずっと、待ってた』
その声は。
何百年も一人でいた人の声だった。
◇◇◇
「リツさん」
ヒオリが心配そうに彼を見る。
すると。
リツは少しだけ困ったように笑った。
「悪ぃ、ちょっと頭ぐちゃぐちゃだ」
だが。
その時。
ペケが低く呟く。
「……転生残響か」
「え?」
セオドアが反応する。
「まさか、“魂記録継承”……!?」
ヒオリが首を傾げる。
「どういうこと?」
すると。
セレスティアが静かに答えた。
「極稀にですが」
「強すぎる想いや術式は、“魂”へ残ることがあります」
「魂へ……」
「つまり」
アイリスが息を呑む。
「リツさんの前世が、昔ここに居た可能性があるってこと……?」
「断定はできません」
だが。
セレスティアの表情は重かった。
その時だった。
《レヴィア=ネメシス》が、再び動く。
巨大な黒腕。
海底都市そのものを握り潰すような圧。
『歌い手』
黄金眼が、リツを睨む。
『今度こそ、沈め』
「っ!!」
次の瞬間。
巨大黒腕が振り下ろされた。
轟ォォォン――!!
「防壁展開!!」
セレスティアが叫ぶ。
海洋術式。
蒼い防御膜。
だが。
深海災厄の一撃が重すぎる。
防壁へ亀裂が走る。
「まずい!」
「耐久限界突破します!!」
その瞬間。
ヒオリが前へ出る。
「ヒオリ!?」
「……あの子を助ける」
蒼い瞳が真っ直ぐ海底少女を見る。
少女は驚いた顔をした。
『どうして……?』
「だって」
ヒオリが、小さく笑う。
「あなた、ずっと一人だったんでしょ」
静寂。
その瞬間。
海底少女の瞳から、涙が零れた。
そして。
巨大石門奥で。
《レヴィア=ネメシス》が、初めて怒りの咆哮を上げる。
『星霊ァァァァァァッ!!』
深海都市全域へ、黒い津波が放たれた。




