第75話 失敗した星霊
巨大石門。
その表面へ、“二本の手”が掛かる。
ゴゴゴゴ――。
深海全域が震えた。
「っ!!」
《ルミナス・アーク》艦内へ警報が鳴り響く。
「門反応急上昇!!」
「深海圧異常増加!!」
「海底都市全域崩壊開始!!」
赤い警戒光が艦橋を染める。
だが。
ヒオリは、窓外の少女から目を離せなかった。
『わたしは、“失敗した星霊”』
その言葉が頭から離れない。
「……どういう意味?」
ヒオリが呟く。
少女は少しだけ寂しそうに笑った。
『わたしは、“門”を閉じられなかった』
その瞬間。
石門奥から、“歌”が漏れ出す。
『――還せ』
『――還せ』
『――星を』
低い声。
世界そのものが軋むみたいな重圧。
「まずい……!」
セレスティアが顔を青くする。
「門の封印旋律が逆転しています!」
「逆転?」
「本来は“閉じる歌”なのに、今は“開く歌”へ変質しているんです!」
セオドアが一気に振り返る。
「誰かが書き換えたのか!?」
「違います!」
セレスティアの海青の瞳が揺れる。
「これは……“侵食”です」
静寂。
その時。
リツが低く呟いた。
「……歌が泣いてる」
全員が彼を見る。
リツ自身も驚いた顔だった。
「今の旋律、もう原型残ってねぇ」
「まるで無理やり壊されてるみたいだ」
その瞬間。
海底少女が、初めてリツを見る。
『……あなた』
蒼い瞳が揺れる。
『どうして、その歌を知ってるの?』
空気が止まる。
「……は?」
リツが眉を寄せる。
「俺にも分かんねぇよ」
だが。
少女の表情は少しだけ変わった。
驚き。
そして。
ほんの少しの希望。
◇◇◇
その時だった。
ゴォォォォン――!!
巨大石門へ、さらに亀裂が走る。
「っ!!」
黒い霧。
黄金の瞳。
巨大な“何か”が、門隙間奥で蠢いている。
『星霊』
『灰銀』
『今度こそ』
その瞬間。
ヒオリの星痕が暴走しかけた。
「ぁ……っ!」
「ヒオリ!!」
ペケが即座に抱き寄せる。
灰銀魔力が流れ込む。
だが。
今回は抑えきれない。
深海側からの共鳴が強すぎた。
「くっ……!」
ペケが眉を寄せる。
すると。
窓外の少女が叫んだ。
『駄目!!』
次の瞬間。
少女自身が、“歌い始める”。
静かな旋律。
蒼い光。
その歌が響いた瞬間。
暴走しかけていた星痕が、少しだけ落ち着いた。
「……え」
ヒオリが目を見開く。
優しい歌だった。
でも。
どこか壊れそうな歌。
すると。
セレスティアが息を呑む。
「……封海歌」
「封海歌?」
「初代海底歌姫のみが使えた、“深海封印旋律”」
海青の瞳が揺れる。
「何故まだ使えるんですか……」
だが。
その瞬間だった。
少女の身体へ、“黒い亀裂”が走る。
「っ!?」
ヒオリが息を呑む。
侵食。
まるで黒冠の時と同じだった。
『……もう、長くないの』
少女が苦しそうに笑う。
『だから』
蒼い瞳が真っ直ぐヒオリを見る。
『今度は、あなたに託したい』
「……私に?」
『うん』
その時。
門奥から、“巨大な腕”が伸びた。
黒い霧。
黄金眼。
それは、星喰いとも違う。
もっと古い“深海の災厄”。
「総員戦闘準備!!」
セレスティアが叫ぶ。
海兵達が一斉に動き出す。
だが。
その時だった。
リツが静かに前へ出る。
「……歌えばいいんだな」
「リツさん?」
彼は少しだけ困ったように笑った。
「正直意味分かんねぇけど」
そして。
深海へ向かって、静かに歌い始めた。
その瞬間。
海底都市全域の“歌”が、一斉に止まった。
まるで。
世界そのものが、彼の声を聞いたみたいに。




