第74話 海底神殿
《ルミナス・アーク》は、蒼海柱中心海域へ到達していた。
夜明け前。
海は静かだった。
不気味なほどに。
「……嵐、止んでる」
ヒオリが海を見つめる。
本来なら、これほど巨大な魔力渦が発生していれば海は荒れる。
だが。
今は逆だった。
海面が鏡みたいに静まり返っている。
「静かすぎるな」
ペケが低く呟く。
その時。
艦橋側から声が飛ぶ。
「海底反応増大!!」
「直下深度四〇〇〇到達!!」
「門反応、急上昇!!」
緊張が走る。
すると。
船中央甲板へ、巨大な海洋術式が展開された。
蒼い魔法陣。
複雑な旋律紋様。
「……これは?」
ヒオリが目を瞬かせる。
「深海潜行術式です」
セレスティアが静かに説明する。
「《ルミナス・アーク》は、海中航行も可能なんですよ」
「えっ」
次の瞬間。
船体全域が、蒼光へ包まれた。
轟――。
海面が割れる。
そして。
巨大船そのものが、“沈み始めた”。
「うわぁぁっ!?」
ヒオリが思わず手すりへ掴まる。
「落ち着け」
ペケが即座に支える。
「普通に沈んでるんだけど!?」
「潜航だからな」
「いや分かってるけど!!」
だが。
周囲景色は幻想的だった。
深海。
蒼い海。
無数の海霊光。
巨大魚群。
光る水晶珊瑚。
まるで異世界だった。
「……綺麗」
ヒオリが息を呑む。
すると。
リツが後方で小さく笑う。
「海好きそうだな」
「うん……」
ヒオリは窓外へ見惚れていた。
その時だった。
海底側から、“歌”が聞こえる。
『――還して』
『――眠らせて』
ヒオリの星痕が反応する。
「っ……!」
「またか」
ペケが眉を寄せる。
だが今回は違った。
歌声が、近い。
まるですぐ側で歌われているみたいだった。
◇◇◇
さらに数十分後。
深度七〇〇〇。
その時だった。
「……あれ」
ヒオリが小さく呟く。
海底。
暗闇の向こう。
“何か”が見えた。
「停止」
セレスティアの声。
船が静止する。
そして。
全員が窓外を見る。
「……神殿?」
そこには。
巨大な海底都市が眠っていた。
白蒼建築。
巨大円柱。
崩壊した塔。
そして。
都市中心へ聳える、“巨大石門”。
「これが……」
セレスティアの海青の瞳が揺れる。
「古代海洋神殿アトラ・ネメシス」
「実在したのか……」
セオドアが呆然と呟く。
伝説級文明。
数千年前に海へ沈んだとされる都市。
その時だった。
ヒオリの星痕が、強く輝く。
同時に。
海底都市中央。
一人の少女が現れた。
「……!」
蒼髪。
蒼い瞳。
昨夜視た少女。
少女は静かにヒオリを見る。
『来て』
その瞬間。
巨大石門が軋む。
ゴゴゴゴ――。
門隙間奥。
“黄金の瞳”が、さらに開いた。
「っ!」
船全体が震える。
同時に。
海底都市全域へ、黒い亀裂が広がり始めた。
「まずい!!」
セレスティアが叫ぶ。
「門が完全開放されます!!」
すると。
少女が悲しそうに呟く。
『もう時間がないの』
「あなたは誰!?」
ヒオリが叫ぶ。
少女は少しだけ困ったように笑った。
そして。
静かに答える。
『わたしは、“失敗した星霊”』
空気が凍る。
「……え?」
その瞬間。
海底神殿奥から、“歌”が響き始めた。
違う。
これは歌じゃない。
“封印”。
世界そのものを縛る古代旋律。
そして。
巨大石門へ、二本の“手”がゆっくり掛かった。




