第73話 海の底で眠るもの
夜の海。
《ルミナス・アーク》は、蒼海柱へ向かい静かに航行していた。
だが。
誰もまだ知らない。
この海のさらに下で、“何か”が目覚め始めていることを。
◇◇◇
一方その頃――。
ヴァルディア帝国、帝都グランヴェル。
皇帝謁見の間。
重厚な空気。
赤黒い絨毯。
そして。
玉座へ座る、一人の男。
ヴァルディア帝国皇帝――ヴァルゼオン・ヴァルディア。
銀黒髪。
鋭い黄金眼。
圧倒的威圧感。
その場にいるだけで空気が重くなるような男だった。
「……黒冠が崩壊したか」
低い声が響く。
謁見の間にいた将軍達が静かに頭を下げる。
「はい」
「北方観測記録では、“星空現象”確認」
「さらに」
「第二皇子殿下と、リュミエール王女による未知術式を確認したとのことです」
静寂。
すると。
皇帝が静かに目を閉じた。
「……そうか」
その声は、驚きより。
どこか納得しているようだった。
すると。
近くにいた宰相が低く言う。
「問題はここからです」
「各国が動きます」
「当然だ」
皇帝が即答する。
「“灰銀”が表へ出た」
空気が冷える。
その瞬間。
謁見の間後方。
一人の少女が小さく笑った。
「ふふ」
銀桃髪。
紫眼。
豪奢なドレス。
年齢は十六ほど。
「やっと、お兄様が世界へ見つかっちゃった」
第三皇女――ルナリア・ヴァルディア。
ペケの妹だった。
「ルナリア様」
侍女が慌てる。
だが。
ルナリアは楽しそうだった。
「ねぇお父様」
「何だ」
「お兄様、絶対また面倒事拾ってますよね?」
「だろうな」
皇帝が即答する。
その瞬間。
謁見の間空気が少しだけ緩んだ。
すると。
ルナリアがくすっと笑う。
「しかも今度は、“女の子”まで拾ってる」
「……」
「お兄様、本当に分かりやすい」
皇帝は何も言わない。
だが。
ほんの僅かに口元が緩んだ。
◇◇◇
一方その頃――。
王立アルカディア学院。
女子寮。
「……え?」
一人の少女が、新聞を見て固まっていた。
【蒼星の姫、黒冠を鎮静】
【灰銀の王子と神話級共鳴】
「……何これ」
栗色髪。
翠眼。
年齢十五ほど。
学院二年。
名前は――ミレナ・フォルティア。
「ヒオリ先輩、こんなことになってたの……!?」
彼女は、ヒオリへ密かに憧れていた後輩だった。
すると。
隣ベッド側から友人が言う。
「だから言ったじゃん」
「最近の新聞全部ヒオリ様だって」
「いやでも神話級って何!?」
「知らないよ!」
女子寮が騒がしい。
そして。
壁へ貼られた一枚のポスター。
【次回・大友情祭開催予定】
その文字を見ながら。
ミレナが小さく呟く。
「……早く帰ってこないかな」
その頃にはまだ。
誰も知らなかった。
次の“大友情祭”が。
後に、大陸史へ残る事件の舞台になることを。
◇◇◇
同時刻。
深海最奥。
巨大石門前。
蒼髪の少女が、静かに海上方向を見上げていた。
『……来てる』
少女が、小さく笑う。
その背後。
巨大石門亀裂奥で、“黄金の眼”がゆっくり開いていく。
『星霊』
『灰銀』
『今度こそ』
深海そのものが、脈動する。
そして。
少女は少しだけ寂しそうに呟いた。
『……今度は、間に合うといいな』
その言葉だけが。
深い海の底へ、静かに沈んでいった。




