第71話 深海航路
翌朝。
マレフィス王国、第一海軍港。
「……大きい」
ヒオリが呆然と呟く。
目の前には、巨大な白蒼色の魔導船が停泊していた。
流線型船体。
水晶帆。
側面へ刻まれた古代海洋術式。
そして。
船体全域を流れる、淡い蒼光。
「これが……」
「王国第一級深海巡航艦です」
セレスティアが静かに説明する。
「深海観測用に作られた特殊艦ですね」
「戦艦っていうより神殿みたい……」
「実際、半分神殿です」
セオドアが食い気味に反応した。
「この術式構造、古代海洋文明式じゃないですか!?」
「よく分かりましたね」
「いや見れば分かりますよ!?」
完全に研究者モードだった。
◇◇◇
港は慌ただしかった。
「深海圧対策術式、再確認!」
「第三区画封鎖!」
「海霊石搬入急げ!!」
海兵達が忙しなく動く。
その空気は、完全に“戦場前”だった。
「そんな危険なの?」
ヒオリが少し不安そうに呟く。
すると。
セレスティアが静かに頷く。
「深海領域は、普通のダンジョンとは別物です」
「海洋魔力圏は常時変動型」
「さらに今回は、“門”が反応しています」
海青の瞳が遠い海を見る。
「正直、何が起きるか分かりません」
その時だった。
「ヒオリ様ー!」
元気な声。
振り返ると、小さな港町少女達が駆け寄ってくる。
「これあげる!!」
「お守り!」
「深海行くなら必要だよ!」
差し出されたのは、青い貝殻紐。
星みたいに光っている。
「……可愛い」
「“星貝”だって!」
「帰ってこれるようにって!」
ヒオリは少し目を丸くして。
そして。
優しく笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
少女達が一斉に顔を赤くする。
「うわぁ……」
「やっぱり蒼星様可愛い……」
「本当に星みたい……」
ヒオリが困ったように笑う。
すると。
後ろからペケが静かに現れる。
「準備は終わった」
「あ、ぺけ」
その瞬間。
少女達がさらにざわついた。
「銀髪だ……!」
「灰銀の王子……」
「え、並ぶとやば……」
完全に見世物だった。
ヒオリが少し照れる。
「……見られてる」
「諦めろ」
即答だった。
◇◇◇
その頃。
艦内後部甲板。
リツは海を眺めながら、小さく歌っていた。
静かな旋律。
波へ溶けるような歌。
だが。
その瞬間だった。
海面が、“揺れた”。
「……?」
リツが歌を止める。
すると。
船下深海側から、“歌い返す声”が聞こえた。
『――還して』
「っ!?」
リツが一気に立ち上がる。
今の声。
間違いなく“返ってきた”。
「……何だよ今の」
その時。
後方からセレスティアが現れる。
「……聞こえましたか」
「セレス?」
海王姫の表情は重かった。
「やはり始まっています」
「何が」
海風が吹く。
その向こう。
遥か沖合。
海面下で、“巨大な影”が動いていた。
「深海は、“歌”へ反応するんです」
「……は?」
「正確には、“星霊波長”ですね」
セレスティアが静かに言う。
「リツさんの歌は、何故かそれに近い」
リツが眉を寄せる。
「意味分かんねぇぞ」
「私もです」
だが。
セレスティアの瞳は真剣だった。
「でも、“海”があなたへ反応している」
その瞬間。
海底側から、再び“歌声”が響く。
『見つけた』
低い。
でも。
どこか嬉しそうな声。
そして。
船全体が、大きく揺れた。
「っ!?」
「何だ!?」
海兵達がざわめく。
次の瞬間。
深海側から、“巨大な蒼い瞳”が一瞬だけ姿を現した。
それは。
船より遥かに巨大だった。




