第70話 蒼海の渦
ゴォォォン――!!
警鐘が、海上都市アクアレイス全域へ響き渡る。
「……っ!」
ヒオリが窓へ駆け寄る。
沖合。
夜の海。
その中央で、“巨大な渦”が発生していた。
「なに、あれ……」
海が割れている。
巨大な魔力流。
蒼い光柱。
空へ伸びる光が、まるで海そのものを貫いているみたいだった。
その瞬間。
ヒオリの星痕が、再び熱を帯びる。
『――開く』
「っ……!」
頭の奥へ声が響く。
深海。
扉。
黄金眼。
「ヒオリ」
ペケが肩へ手を置く。
灰銀魔力が流れ込み、暴走しかけた星霊魔力を静めていく。
「落ち着け」
「……うん」
だが。
呼吸が少し震えていた。
◇◇◇
王城中央指令室。
そこは既に騒然としていた。
「深海魔力流、第三警戒域突破!!」
「蒼海柱現象を確認!!」
「海獣群が逃げ始めています!!」
観測士達が次々報告を飛ばす。
巨大水晶モニターには、海上渦の映像。
その中心。
何かが、“浮上”しようとしていた。
「……最悪ですね」
セレスティアの表情が険しい。
「これは完全に“門”側の反応です」
「門?」
ヒオリが聞く。
すると。
セレスティアは少しだけ迷った後、静かに口を開いた。
「マレフィスには古くから伝わる伝承があります」
『深海には、“還らなかった星”が眠っている』
空気が静まる。
「還らなかった、星……?」
「はい」
海青の瞳が、蒼い渦を見る。
「そして、その封印を守ってきたのが……」
一瞬。
彼女の視線がヒオリへ向く。
「“歌姫”です」
その瞬間。
リツが小さく眉を寄せた。
「……また歌か」
「ええ」
セレスティアが静かに頷く。
「マレフィスでは、“歌”は魔法に近い意味を持ちます」
「特に古代海洋魔法は、“旋律記述式”」
「旋律記述式?」
セオドアが反応する。
研究者の目だった。
「音波を媒体にした魔導構築……?」
「はい」
セレスティアが静かに答える。
「海洋魔力は流動性が高すぎるため、通常術式では固定できません」
「だから、“歌”で魔力波形を安定化させる」
ヒオリが少し驚く。
「歌が魔法なんだ……」
「正確には、“世界への干渉媒体”ですね」
その瞬間。
リツが嫌そうな顔をした。
「……何か嫌な予感してきた」
「多分当たってます」
アイリスが真顔で言う。
「やめろ」
◇◇◇
その時だった。
巨大水晶モニターが、突然乱れる。
ザザッ――。
映像ノイズ。
そして。
海中映像が映し出された。
「……っ!?」
ヒオリが息を呑む。
深海。
巨大石門。
その前に。
一人の少女が立っていた。
蒼い髪。
透き通る白肌。
ヒオリによく似た瞳。
「……あの子」
昨夜視た少女。
すると。
少女がゆっくり顔を上げる。
そして。
映像越しなのに、真っ直ぐヒオリを見た。
『来て』
静かな声。
『もう時間がない』
「っ……!」
ヒオリの星痕が輝く。
同時に。
深海扉が軋んだ。
ゴゴゴゴ――。
巨大な黄金眼が、隙間奥で蠢く。
『星霊』
低い声。
『今度こそ』
『深海へ還れ』
その瞬間。
映像がブラックアウトした。
指令室が静まり返る。
「……今の」
レートが低く呟く。
「完全にヒオリ見てたよな」
「ええ」
セレスティアの表情が重い。
「間違いありません」
「“海底歌姫”が目覚めています」
静寂。
すると。
ヒオリが小さく呟いた。
「……助けないと」
「ヒオリ」
ペケが低く呼ぶ。
だが。
ヒオリの蒼い瞳は、真っ直ぐ海を見ていた。
「だってあの子、泣きそうだった」
その瞬間。
ペケは小さく息を吐く。
「……お前は本当に」
呆れた声。
でも。
少しだけ優しい。
「放っておけないんだな」
ヒオリは少し困ったように笑った。
「多分」
すると。
ペケは静かに剣へ手を添える。
灰銀の瞳が、海上渦を見る。
「なら行くぞ」
「え?」
「どうせ止めても行くだろ」
即答だった。
その瞬間。
ヒオリが少し笑う。
そして。
遠い深海。
巨大石門前で。
蒼髪の少女もまた、小さく笑っていた。
まるで。
“やっと見つけた”みたいに。




