第67話 蒼海の誘い
翌日。
ノルディア迎賓館、大広間。
「……海?」
ヒオリが目を瞬かせる。
「はい」
セレスティアが優雅に紅茶を置く。
「マレフィス海洋王国へ来ませんか?」
空気が少し止まった。
「え?」
「正式には、“黒冠共同調査協力”名目ですが」
海青の瞳が静かに細まる。
「実際は、海側で起きている異変確認です」
その瞬間。
ガルドが腕を組む。
「……深淵海域か」
「はい」
セレスティアの表情が僅かに真剣になる。
「最近、海底魔力流が異常増加しています」
「さらに」
「“歌声現象”の報告が急増しています」
ヒオリの胸がざわつく。
昨夜の話。
『星を還して』
あの言葉が頭から離れない。
すると。
ペケが静かに口を開いた。
「黒冠との関連は?」
「現段階では不明です」
「ですが」
セレスティアの瞳が細くなる。
「タイミングが良すぎます」
静寂。
その時だった。
「海かぁ」
アイリスが伸びをする。
「北方寒かったし、ちょうどいいな」
「遊びに行くんじゃないんだぞ」
アルトが呆れる。
「でも海洋国家って楽しそうじゃん」
「まぁ分かる」
レートも頷く。
「魚料理美味いし」
「お前ら緊張感持て」
セオドアが頭を抱えていた。
◇◇◇
会議後。
ヒオリは一人で迎賓館廊下を歩いていた。
窓の外。
白い雪。
でも。
もうすぐこの景色ともお別れだ。
「……海かぁ」
行ったことはある。
でも。
マレフィス海洋王国は別格らしい。
海上都市。
水晶航路。
海底神殿。
歌姫文化。
大陸でもかなり特殊な国。
「楽しみ?」
突然声がして、ヒオリが振り返る。
「わっ」
ペケだった。
「ぺけ!?」
「驚きすぎだ」
「急に居るんだもん……」
ペケは小さく息を吐く。
「海は初めてか」
「普通の海はあるよ?」
「マレフィスは別だ」
「そんな違うの?」
「あそこは海洋魔力圏だ」
ヒオリが首を傾げる。
すると。
ペケが静かに説明した。
「魔力濃度が高すぎて、海そのものが発光する」
「えっ」
「夜になると海面が星みたいに光る」
「……綺麗そう」
「ああ」
その瞬間。
ペケの瞳が少しだけ柔らかくなる。
「お前は好きだと思う」
ヒオリの胸が少しだけ熱くなる。
その時だった。
「ペケ様」
後方から声。
セレスティアだった。
海王姫は静かに歩いてくる。
「こちらにいらしたのですね」
「ああ」
自然な距離感。
長年の関係を感じる空気。
ヒオリは少しだけ視線を落とした。
すると。
セレスティアが静かにヒオリを見る。
「ヒオリ様」
「は、はい?」
「マレフィスへ行ったら、是非“蒼海祭”を見てください」
「お祭り?」
「はい」
海青の瞳が柔らかく細まる。
「夜の海へ、歌を返す祭典です」
その言葉に。
何故かヒオリの胸がざわついた。
『歌を返す』
まるで。
どこかで聞いたことがあるみたいに。
その瞬間だった。
ヒオリの頭へ、一瞬だけ“知らない景色”が流れ込む。
蒼い海。
月夜。
歌う少女。
そして。
深海の底で、誰かが目を開く光景。
「っ――」
「ヒオリ?」
ペケの声。
気付けば、ヒオリは少しふらついていた。
「……だ、大丈夫」
「顔色悪いですよ」
セレスティアが眉を寄せる。
「また視えたのか」
ペケの声が低くなる。
「……少しだけ」
ヒオリは胸元を押さえる。
星痕が、微かに熱い。
その時。
廊下奥から歌声が聞こえてきた。
優しく。
どこか寂しい旋律。
「……リツさん?」
曲がり角向こう。
窓際で、リツが静かに歌っていた。
だが。
その歌を聞いた瞬間。
ヒオリの星痕が、強く脈打つ。
『――深海の門が開く』
知らない声が、頭の奥で響いた。
「っ!?」
ヒオリが息を呑む。
同時に。
リツの歌が、不自然に止まった。
彼自身も、少しだけ驚いた顔をしていた。
「……今の、何だ?」
空気が静まり返る。
窓の外。
遠い雪空の向こうで。
一瞬だけ、“蒼い流星”が海側へ落ちた気がした。




