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第65話 灰銀の婚約者

 ノルディア中央転移塔。


 昼過ぎ。


 白銀の転移陣が静かに光を放っていた。


「……誰か来るの?」


 ヒオリが首を傾げる。


 ミリアが小さく頷いた。


「ヴァルディア帝国本国からの使者だそうです」


「へぇ」


 だが。


 周囲空気が妙に張り詰めていた。


 近衛兵。


 北方騎士。


 迎賓準備。


 どう考えても普通の使者じゃない。


 すると。


 隣でレートが苦笑した。


「まぁそりゃ緊張するだろ」


「?」


「来るの、“海王姫”だから」


「海王姫?」


 その瞬間。


 転移陣が発光した。


 轟――。


 白銀光。


 そして。


 一人の少女が姿を現す。


 蒼銀色の長髪。


 透き通るような白肌。


 海を思わせる深青の瞳。


 豪奢な白青ドレス。


 そして。


 空気そのものを支配するような美貌。


 会場が静まり返る。


「……綺麗」


 ヒオリが思わず呟く。


 すると。


 少女は静かに周囲を見渡した。


 凛とした眼差し。


 気品。


 王族として完成された空気。


 だが。


 次の瞬間。


「……ペケ様」


 その声だけ、少し柔らかくなった。


 人混み後方。


 ペケが静かに歩いてくる。


 灰銀の王子と、海王姫。


 二人が並んだ瞬間。


 空気が変わった。


「うわぁ……」


 アイリスが小さく呟く。


「絵面強すぎるだろ」


 実際そうだった。


 完成されすぎている。


 王族。


 帝国。


 政略。


 そういう“世界”の空気。


 ヒオリは何故か胸が少し苦しくなる。


「……?」


 自分でも理由が分からない。


 その時。


 少女が静かに頭を下げた。


「お久しぶりです、ペケ様」


「ああ」


 ペケはいつも通り静かだった。


「来るのが早かったな」


「黒冠の報告を聞けば当然です」


 海王姫――セレスティア・マレフィス。


 海洋国家マレフィス王国第一王女。


 そして。


 ペケの婚約者。


 その瞬間。


 周囲がざわつく。


「やっぱり婚約者だったのか……」


「本当に居たんだ……」


「いや美男美女すぎるだろ……」


 ヒオリは視線を落とす。


 当然の話だ。


 王族なら婚約者くらいいる。


 分かっていた。


 でも。


 胸の奥が少しだけ痛かった。


◇◇◇


「……あの子が」


 セレスティアは、静かにヒオリを見る。


 蒼い瞳。


 柔らかい雰囲気。


 でも。


 黒冠を止めた少女。


「ヒオリ・リュミエール王女」


「は、はい」


 ヒオリが少し緊張して頭を下げる。


 すると。


 セレスティアは数秒黙った後、ふっと微笑んだ。


「お会いできて光栄です」


「え?」


「ペケ様から話は聞いていました」


 ヒオリが目を瞬かせる。


「……私の?」


「はい」


 その瞬間。


 ヒオリの顔が少し赤くなる。


「ぺけ、何話したの?」


「別に大したことじゃない」


 即答。


 だが。


 セレスティアが静かに続ける。


「“放っておけない人”だと」


 空気が止まる。


 ヒオリが固まる。


 アイリスが後ろで吹き出した。


「殿下、それ他人に言ってたのか」


「……余計なこと言うな」


 ほんの少しだけ。


 ペケの耳が赤かった。


 かなり珍しい。


 その時だった。


 セレスティアが、ふとヒオリの胸元を見る。


 黒冠以降、薄く残っている“星痕”。


 一瞬。


 彼女の表情が変わった。


「……やはり」


「?」


「いえ」


 セレスティアは微笑む。


 だが。


 その瞳だけは鋭かった。


 まるで。


 “何か”を知っているみたいに。


◇◇◇


 その夜。


 ノルディア上空。


 雪雲のさらに上。


 黒い鳥が飛ぶ。


 黄金の瞳。


 その口から、低い声が漏れた。


『……星霊』


 空が軋む。


『まだ終わっていない』


 そして。


 遥か南方。


 未発見SS級領域“深淵海墓アビス・ネメシス”最深部で。


 一つの巨大な“眼”が、静かに開いた。

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