第64話 雪花と噂
翌朝。
ノルディア迎賓館、食堂。
「……何これ」
ヒオリが固まる。
新聞だった。
いや。
正確には、“北方速報紙”。
大陸北部で流通している情報紙。
そして。
一面。
大きく書かれていた。
【黒冠鎮静】
【蒼星の姫、災厄を退ける】
【灰銀の王子と共鳴術式を確認】
「……やめてぇ」
ヒオリが机へ突っ伏す。
ミリアが冷静に紅茶を置いた。
「有名税です」
「嫌すぎる……」
すると。
向かい側に座っていたアイリスが吹き出す。
「いやでも凄いぞこれ」
「見てみろ」
新聞を広げる。
【神話再来か】
【第二位階星霊確認】
【黒冠最深部で“星空現象”発生】
「星空現象って何……」
「多分お前らの術式」
「やめてぇ……」
完全に羞恥だった。
すると。
隣のテーブルから女子兵達の声が聞こえる。
「蒼星の姫様って、もっと怖い人かと思ってた」
「分かる」
「実際はめちゃくちゃ優しそう」
「可愛いよね」
「分かる!!」
ヒオリがさらに小さくなる。
「……もう帰りたい」
「諦めろ」
レートが笑いながら椅子へ座る。
「今のお前、北方だと半分英雄だぞ」
「嫌だよぉ……」
その時だった。
食堂入口側がざわつく。
「リツ様おはようございます!!」
「昨日の歌最高でした!!」
「朝から顔が良い……」
「やめろって本当に」
リツだった。
朝から女性陣に囲まれていた。
「……毎日大変そう」
ヒオリが苦笑する。
すると。
リツは困ったように頭を掻いた。
「正直普通に飯食いたい」
「ふふ」
だが。
その時。
一人の小さな北方少女が、おずおずとヒオリの近くへやって来た。
「……あの」
雪色の髪。
まだ十歳くらい。
「ん?」
「これ……」
少女が、小さな花飾りを差し出す。
青い雪花。
北方特有の“氷花草”。
「助けてくれて、ありがとう」
食堂が少し静かになる。
ヒオリは目を瞬かせた。
「……私に?」
少女がこくりと頷く。
「お父さん、黒冠遠征行ってたの」
ヒオリの胸が少し熱くなる。
「……そっか」
ゆっくり花飾りを受け取る。
「ありがとう」
すると。
少女が嬉しそうに笑った。
「お姉ちゃん、星みたいだった!」
その瞬間。
周囲が少し柔らかく笑う。
ヒオリは少し照れたように笑った。
「……そんな凄くないよ」
「凄いよ!」
少女は真っ直ぐだった。
「みんな言ってた!」
『蒼星の姫が、夜空を守ったんだ』って!」
静寂。
ヒオリは少しだけ俯く。
黒冠で見たものを思い出す。
フィア。
歴代封星巫女。
星喰い。
失われた人達。
「……守れたのかな」
小さな呟き。
だが。
少女は迷わず言った。
「守ったよ!」
その言葉が。
思っていたより、ずっと胸へ響いた。
◇◇◇
その日の午後。
ノルディア中央塔。
最上階会議室。
重苦しい空気。
そこには、
ガルド
北方司令部
帝国使節
各国観測官
が集まっていた。
机上には、一枚の報告書。
【黒冠深層にて、未知の黒色粒子を観測】
【一部消滅未確認】
「……消えなかったのか」
ガルドが低く呟く。
観測官が静かに答える。
「はい」
「ごく微量ですが、反応が残っています」
「位置は?」
「不明です」
空気が冷える。
すると。
一人の老魔導士が静かに言った。
「災厄は、“完全には死なない”」
誰も否定できなかった。
その時。
窓の外。
白い雪空を、一羽の黒い鳥が横切る。
その瞳だけが。
不気味な黄金色に光っていた。




