第63話 星降る夜の童話
夜会が終わった後。
ノルディアの雪は、まだ静かに降り続けていた。
「……少し歩きたい」
ヒオリがぽつりと呟く。
迎賓館の空気は暖かい。
でも。
少しだけ外の冷たい空気が吸いたかった。
「一人は駄目ですよ」
ミリアが即答する。
「分かってるよぉ」
「信用ありませんので」
「酷い」
だが。
その時だった。
「なら俺も行く」
低い声。
振り返ると、ペケが立っていた。
「ぺけ?」
「ちょうど外へ出るところだった」
絶対嘘だ。
ミリアがものすごく分かりやすい顔をした。
でも何も言わなかった。
「……では私は少し後ろにいますね」
完全に気を遣われていた。
◇◇◇
ノルディア夜景。
白銀世界。
街灯代わりの魔石灯が、雪へ柔らかく反射している。
「綺麗……」
ヒオリが小さく息を吐く。
隣ではペケが静かに歩いていた。
会話は少ない。
でも。
不思議と気まずくない。
「……リツさん凄かったね」
「ああ」
「歌、ちょっと泣きそうになった」
「お前、感受性高すぎる」
「そうかな?」
「すぐ感情移る」
即答だった。
ヒオリが少しだけ笑う。
すると。
ふと、道端の小さな露店が目に入った。
本屋だった。
古い絵本や童話集が並んでいる。
「……童話?」
ヒオリが目を瞬かせる。
その中の一冊が、妙に気になった。
青い表紙。
星模様。
タイトルは――
『星喰いと灰銀の王子』
「……え?」
ヒオリが固まる。
隣でペケも僅かに眉を寄せた。
「何だそれ」
店主の老人が笑う。
「あぁ、古い北方童話ですよ」
「北方の?」
「はい」
老人が懐かしそうに目を細める。
「世界を喰らう怪物と、それを止める銀髪の王子様の話です」
空気が少し静かになる。
ヒオリがそっと本を開く。
そこには、古い挿絵。
巨大な黒い化け物。
そして。
銀色の剣を持つ青年。
その隣には、“星の姫”。
「……似てる」
小さく呟く。
すると。
老人が苦笑した。
「昔話なんて、大体そんなものですよ」
「でも面白いんですよ、この話」
「最後はどうなるんですか?」
ヒオリが聞く。
老人は少しだけ考えてから答えた。
「確か――」
『王子は世界を救った後、一人で星へ消えた』
ヒオリの指先が止まる。
その瞬間。
隣のペケが静かに本を閉じた。
「……縁起でもない」
低い声。
老人が苦笑する。
「おや、銀髪のお兄さんはこういう話嫌いですか」
「嫌いだな」
即答だった。
ヒオリは思わず少し笑ってしまう。
すると。
老人が棚奥から別の本を取り出した。
「じゃあこっちはどうです?」
赤い装丁。
題名は――
『歌姫と終わらない冬』
「それ、リツさん好きそう」
「……確かに」
ヒオリが笑う。
だが。
その時だった。
ペケの視線が、ふと空へ向く。
雪夜。
その向こう。
一瞬だけ。
“黒い流星”が見えた気がした。
「……?」
「ぺけ?」
「いや」
灰銀の瞳が細まる。
「何でもない」
だが。
その表情は、少しだけ険しかった。
そしてその夜。
誰にも知られないまま。
黒冠最深部で消えたはずの“黒い欠片”が、一つだけ静かに脈動していた。




