第62話 夜会の歌声
ノルディア中央迎賓塔。
黒冠鎮静を祝う、小規模夜会。
本来なら遠征直後に宴などあり得ない。
だが。
北方兵たちは、どうしても“生還”を祝いたかった。
「うわぁ……」
ヒオリが目を丸くする。
巨大ホール。
暖かな灯り。
白銀装飾。
北方特有の青い氷花が、壁一面へ飾られていた。
「綺麗……」
「ノルディアは冬装飾が有名ですから」
ミリアが微笑む。
ヒオリは淡い蒼色のドレス姿だった。
だが。
会場へ入った瞬間。
周囲がざわつく。
「……蒼星の姫」
「黒冠を止めた……」
「本当に居たんだ……」
視線。
敬意。
畏怖。
色んな感情が混ざっていた。
ヒオリは少しだけ肩を縮める。
「……見られてる」
「当然です」
ミリアが即答した。
「今のヒオリ様、大陸中の話題人物ですから」
「嫌すぎる……」
すると。
「お、ヒオリ様じゃん」
アイリスが片手を上げる。
近くにはアルトやレオンハルト達もいた。
「体調大丈夫か?」
「うん、だいぶ」
「まぁ無理はすんなよ」
レオンハルトが苦笑する。
その時だった。
会場奥側が、一気に騒がしくなる。
「リツ様!!」
「今日歌うんですか!?」
「お願い一曲だけ!!」
「いやだから何でそうなるんだよ……!」
完全に囲まれていた。
黒髪。
長身。
少し気怠げな雰囲気。
そして。
女性陣に囲まれて若干困っている男――リツ。
ヒオリが思わず吹き出す。
「……凄い人気」
「まぁあの人顔いいからな」
アイリスが笑う。
「しかも歌上手いし」
「そんなに?」
「やばいぞ」
アルトが真顔で頷く。
「北方だと普通に有名人レベルです」
「えぇ……」
その時。
「……ヒオリ様?」
リツがこちらに気付く。
「あ、こんばんは」
「体調大丈夫なのか?」
「うん、何とか」
すると。
周囲女性陣がざわつく。
「え、知り合い!?」
「リツ様が普通に話してる……」
「しかも優しい……」
「やめろ見んな」
リツが少しだけ顔をしかめる。
だが。
耳が少し赤い。
ヒオリは思わず笑ってしまう。
「……照れてる?」
「照れてねぇ」
「照れてますねぇ」
アイリスが横から笑う。
「うるさい」
だが。
その空気はどこか柔らかかった。
◇◇◇
しばらくして。
夜会中央。
誰かが声を上げた。
「リツ様!!」
「一曲お願いします!!」
会場から拍手が起こる。
「おい待て」
リツが本気で困った顔をする。
「今日はそういう場じゃ――」
「聞きたいです!!」
「英雄達の夜なんだからいいじゃない!」
「お願いしますー!!」
完全に逃げ道が消えた。
レートが肩を震わせる。
「リツさん完全敗北してる」
「毎回こうなんだよなぁ……」
ガルドですら苦笑していた。
すると。
リツが深く溜息を吐く。
「……一曲だけだからな」
その瞬間。
会場が一気に沸いた。
「きゃーー!!」
「やった!!」
「静かにしろって……」
本人はかなり恥ずかしそうだった。
だが。
ステージへ立った瞬間。
空気が変わる。
静寂。
照明。
そして。
低く優しい歌声が響いた。
「……っ」
ヒオリが息を呑む。
優しい声だった。
どこか寂しくて。
暖かくて。
雪夜へ溶けるみたいな歌声。
会場中が、自然と静かになる。
「……凄い」
ミリアが小さく呟く。
ヒオリは黙って聴いていた。
歌の中に、感情がある。
痛み。
孤独。
それでも前を向こうとする優しさ。
まるで。
黒冠帰還後の今の空気そのものだった。
そして。
歌が終わる。
数秒の静寂。
その後。
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
「リツ様ーーー!!」
「もう一曲!!」
「無理だって!!」
一気に現実へ戻される。
リツが本気で顔を赤くしていた。
ヒオリが思わず笑う。
「ふふ……」
その時。
少し離れた壁際。
ペケが静かにこちらを見ていた。
灰銀の瞳。
だが。
今日は前へ出てこない。
ただ。
ヒオリ達が笑っている空気を、静かに見ていた。
そして。
ほんの少しだけ。
柔らかく目を細めた。




