♦第六章 帰還編 第59話 白銀の帰還
白い雪が降っていた。
ノルディア。
北方防衛都市。
その巨大城門前へ、遠征隊が戻ってくる。
だが。
出発時とは空気が違った。
「……帰ってきた」
「黒冠から、本当に……」
城壁上。
帝国兵たちが呆然と呟く。
Sランクダンジョン。
黒冠の奈落。
そこへ突入し、生還しただけでも奇跡。
なのに。
彼らは“災厄そのもの”を止めて帰ってきた。
あり得ない。
誰もがそう思っていた。
「門を開けろ!!」
ガルドの声が響く。
重厚な城門がゆっくり開いていく。
その瞬間。
都市中から歓声が上がった。
「生きてるぞ!!」
「遠征隊だ!!」
「黒冠が静かになったって本当か!?」
雪の中。
無数の人々が集まってくる。
だが。
その中心。
ペケは静かだった。
灰銀の王子は、眠るヒオリを抱えて歩いている。
「……姫様」
ミリアが心配そうに顔を曇らせる。
「魔力消耗です」
セオドアが静かに答える。
「ですが、あの規模の術式を使って生存しているだけ奇跡ですよ」
「まぁ普通なら死んでるな」
アイリスが苦笑した。
「第二位階どころか、その先まで片足突っ込んだからなぁ」
すると。
「……相変わらず規格外だな」
レートが肩を竦める。
その瞬間。
近くにいた女性兵士たちが、ざわついた。
「レート様……」
「やっぱり格好いい……」
「黒冠帰りでも顔良すぎない?」
「え、待って近くで見るとやば……」
ヒオリを抱えるペケの横で、レートが完全に女性視線を集めていた。
「……また始まった」
アルトが呆れた顔をする。
「律さん、本当に女性人気異常ですね」
「顔がいいからなぁ」
アイリスが笑う。
「しかも強いし」
「いやいや」
レートが困ったように笑う。
「そんな見んなって……」
だが。
耳だけ少し赤い。
「また照れてる」
「律さんシャイですからね」
「遊んでそうなのに本命耐性ゼロなんだよなぁ」
「言うな」
レートが真顔で返す。
その空気に、周囲が少しだけ笑った。
黒冠帰還後とは思えないほど、穏やかな時間。
だが。
その時だった。
「……ペケ」
小さな声。
腕の中のヒオリが、ゆっくり目を開ける。
「ヒオリ!」
ペケの声が少しだけ強くなる。
ヒオリはぼんやり彼を見る。
「……帰ってきた?」
「ああ」
「……そっか」
安心したように、小さく笑う。
その瞬間。
周囲の女性兵士たちがざわついた。
「え、今の何……」
「第二皇子殿下、あんな顔するの……?」
「優し……」
実際。
今のペケの瞳は、驚くほど柔らかかった。
だが本人は無自覚だった。
「具合は」
「……ふわふわする」
「当然だ」
ペケが静かに息を吐く。
「無茶しすぎだ」
「ぺけもでしょ」
「俺は平気だ」
「嘘」
即答だった。
その瞬間。
周囲が少し吹き出す。
ペケだけが真顔だった。
「……何故笑う」
「いや」
アイリスが肩を震わせる。
「殿下、ヒオリ様相手だけ会話が夫婦なんだよ」
「そうか?」
「そうだよ!!」
全員一致だった。
すると。
ヒオリが少しだけ赤くなる。
「……夫婦は、違うでしょ」
「いや時間の問題では?」
「アルト?」
「すみません」
即土下座だった。
その時。
ノルディア中央塔の鐘が鳴り響く。
重く。
大きく。
都市全域へ広がる鐘の音。
「……?」
ヒオリが目を瞬かせる。
すると。
ガルドが静かに前を向いた。
「黒冠鎮静確認の鐘だ」
雪が降る。
白銀世界。
そして。
ノルディア中の人々が、遠征隊へ向かって頭を下げ始めた。
感謝。
敬意。
畏怖。
その全てを込めて。
ヒオリは小さく息を呑む。
その時。
ペケが静かに呟いた。
「……始まるな」
「え?」
灰銀の瞳が、遠くを見ていた。
「世界が動く」
その言葉通り。
この日を境に。
大陸全土は、大きく変わり始めることになる。




