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第47話 黒棺

 巨大な棺。


 黒い鎖に縛られながら、空中へ浮かぶ異形。


 第四層全域が、その存在だけで軋んでいた。


「……何だ、あれ」


 レートの声が掠れる。


 誰も答えられない。


 本能が理解していた。


 “開けてはいけない”。


 あれは、そういう存在だ。


『来ないで』


 フィアの蒼い瞳から涙が零れる。


『お願い……』


 その声は、痛いほど必死だった。


 だが。


 黒竜が嗤う。


『遅い』


 黄金眼が細く歪む。


『核は既に目覚め始めている』


 次の瞬間。


 巨大な黒棺へ、黒霧が集まり始めた。


 ドクン。


 脈動。


 まるで心臓の鼓動。


「っ……!」


 ヒオリの胸元が激しく痛む。


 星霊魔法が悲鳴を上げていた。


「ヒオリ!」


 ペケが支える。


 だが。


 ヒオリの視線は黒棺へ釘付けだった。


 聞こえる。


 中から声がする。


『寒い』


『苦しい』


『助けて』


 無数の声。


 泣き声。


 絶望。


「……これ」


 ヒオリの顔が青ざめる。


「中に、人がいる……!」


 空気が凍った。


「なっ……!?」


 セレスティアが目を見開く。


 フィアが苦しそうに頷く。


『歴代の封星巫女……』


『みんな、“核”の中へ取り込まれたの』


 ヒオリの呼吸が止まりそうになる。


 つまり。


 あの棺の中には。


 何千年もの間、封印に使われ続けた少女たちがいる。


「そんなの……」


 残酷すぎる。


『星喰いは、“星霊”を喰らう存在』


 フィアの声が震える。


『だから封印には、同じ力が必要だった』


「……生贄か」


 フィリップが低く呟く。


 アステリアが静かに目を伏せる。


「古代時代は、世界そのものが滅びかけていました」


「だから彼女たちは、自ら封印へ入った」


「世界を守るために」


 静寂。


 苦しい沈黙。


 その時だった。


 黒棺の鎖が、一つ砕けた。


 ――バキン。


 第四層が激しく震える。


『っ!!』


 フィアが悲鳴を上げる。


『だめ……!!』


 次の瞬間。


 黒棺の隙間から、“手”が伸びた。


 白い手。


 細い少女の手。


 だが。


 その指先は黒く侵食されていた。


『……たす、けて』


 掠れた声。


 ヒオリの胸が締め付けられる。


「っ……!」


 自然に前へ出そうになる。


 だが。


 ペケが彼女の腕を掴んだ。


「行くな」


「でも!」


「違う」


 灰銀の瞳が鋭くなる。


「あれは誘導だ」


 その瞬間。


 白い手が、不自然に歪んだ。


 グシャ、と。


 人間ではあり得ない方向へ曲がる。


 そして。


 棺の中から、巨大な黄金眼が開いた。


『――星霊』


 全員の背筋が凍る。


 黒棺そのものが、生きていた。


「っ!!」


 ガルドが剣を抜く。


「総員戦闘態勢!!」


 だが。


 遅い。


 黒棺が開き始める。


 ギギギ、と。


 重い音を立てながら。


 その隙間から、黒霧が溢れ出す。


 そして。


 無数の少女の声が重なった。


『助けて』


『苦しい』


『寒い』


『終わらせて』


 ヒオリの瞳から涙が零れる。


 苦しい。


 あまりにも悲しすぎる。


 その瞬間。


 ペケの灰銀魔力が、静かに震えた。


「……許さない」


 低い声。


 黒棺を見る瞳が、静かに燃えていた。


「こんなもののために」


「誰かを犠牲にするな」


 灰銀の魔力が広がる。


 今度は黒に呑まれていない。


 怒りはある。


 だが。


 芯が折れていない。


 その理由を、ヒオリは知っていた。


 自分が、繋ぎ止めているから。


 すると。


 フィアが静かにペケを見る。


『……やっぱり』


 涙を零しながら、微笑む。


『今度の灰銀は、違う』


 その時だった。


 黒棺が完全に開いた。


 轟音。


 黒霧爆発。


 そして。


 棺の中から、“少女”が落ちてくる。


 白銀髪。


 黒いドレス。


 閉じられた瞳。


 まるで眠っているような姿。


 だが。


 その身体から溢れているのは、圧倒的な黒い魔力だった。


「……嘘だろ」


 レートの顔が引き攣る。


 少女が、ゆっくり目を開ける。


 黄金の瞳。


 そして。


 彼女はヒオリを見て、静かに笑った。


『――見つけた』


 次の瞬間。


 第四層全域へ、災厄級魔力が解き放たれた。

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