第40話 黒冠突入
吹雪。
白銀世界。
そして。
その中央に口を開ける、巨大な“闇”。
Sランクダンジョン――黒冠の奈落。
「……っ」
ヒオリは思わず息を呑んだ。
近くで見る黒冠は、あまりにも異質だった。
巨大。
深淵。
まるで世界そのものが腐り落ちているみたいな感覚。
穴の周囲では黒霧が揺れている。
空気が重い。
寒さとは別の冷気が、肌へ纏わり付く。
「これ……本当にダンジョンなの?」
「普通の、ではないな」
ペケが静かに答える。
灰銀の瞳は鋭い。
黒冠を睨むその姿は、まるで“敵”を見ているみたいだった。
「遠征隊、最終確認!」
ガルドの怒声が響く。
帝国軍が次々と配置につく。
結界班。
魔導砲班。
探索支援班。
完全武装だった。
「第四層以降は未知領域だ!」
「単独行動は禁止!」
「精神汚染を感じた場合、即時撤退しろ!」
だが。
誰も本当に“撤退できる”とは思っていない。
全員理解している。
ここで止めなければ。
黒冠は世界を壊し始める。
◇◇◇
黒冠第一層。
遠征隊が足を踏み入れた瞬間。
空気が変わった。
「……暗い」
ヒオリが小さく呟く。
巨大な洞窟空間。
黒い岩壁。
そして天井には、星みたいな蒼い結晶が埋め込まれていた。
幻想的。
なのに、不気味だった。
「綺麗だけど、嫌な感じするな……」
レートが辺りを見回す。
「黒冠特有の魔鉱石です」
セオドアが壁へ触れる。
「通常魔力と逆位相を持つ」
「長時間接触すると精神へ影響を与えます」
「つまり触るなってことだな」
「はい」
即答だった。
その時。
ヒオリの胸元が強く脈打つ。
「っ……!」
「ヒオリ!」
ペケが即座に支える。
蒼い瞳が奥を見る。
暗闇。
深層方向。
『――来て』
また少女の声。
前より近い。
苦しい。
泣きそうな声。
「……下」
ヒオリが震える声で言う。
「もっと下から聞こえる」
アステリアが静かに頷いた。
「封星巫女です」
「急ぎましょう」
◇◇◇
第二層。
第三層。
通常なら数日掛かる階層を、遠征隊は高速で突破していく。
だが。
第四層へ到達した瞬間。
世界が変わった。
「……は?」
レートが固まる。
洞窟だったはずの景色。
だが今目の前に広がっているのは――夜空だった。
無数の星。
黒い草原。
静かに流れる蒼い川。
「空間変質……!」
セオドアが顔を強張らせる。
「ダンジョン内部法則が崩壊してる!」
「気を付けろ」
ペケの声が低くなる。
「ここから先が“認識汚染区域”だ」
その瞬間。
遠くで、歌声が聞こえた。
透き通るような少女の歌。
悲しくて。
優しくて。
なのに。
聞いた瞬間、胸が苦しくなる。
「……なに、これ」
ヒオリの目に涙が滲む。
知らない歌なのに。
懐かしい。
その時だった。
草原の奥。
闇の中で、“何か”が動いた。
――ズル。
重い音。
全員の空気が変わる。
「……来るぞ」
ペケが剣へ手を掛ける。
次の瞬間。
黒い巨体が飛び出した。
「っ!?」
レオンハルトが即座に剣を抜く。
魔物。
だが普通じゃない。
巨大な狼型。
全身が黒霧で構成されている。
その目だけが、不気味な黄金色に光っていた。
「黒霧魔獣か!」
ガルドが叫ぶ。
「S級個体だ!!」
「初手から!?」
レートが悲鳴を上げる。
だが。
魔獣は一直線にヒオリへ飛び掛かった。
「ヒオリ!!」
瞬間。
灰銀の光が走る。
――斬。
一閃。
黒狼が真っ二つに裂けた。
静寂。
魔獣が霧となって消えていく。
「……は?」
レートが固まる。
「いや待て今のS級だよな?」
「だな」
アイリスが苦笑する。
「まぁ殿下だから」
ペケは静かに剣を下ろした。
だが。
その灰銀の瞳は鋭いままだ。
「……数が増える」
「え?」
次の瞬間。
草原の奥。
闇の中で。
無数の黄金眼が、一斉に開いた。
ヒオリの背筋が凍る。
「う、そ……」
数十。
いや。
数百。
黒霧魔獣の群れ。
その全てが。
蒼い星霊継承者を見つめていた。




