第39話 封星巫女
黒い光柱が空を裂く。
吹雪を貫き、まるで天そのものへ穴を開けるような異様な光。
ノルディア全域が揺れた。
「警戒態勢!!」
北方軍の怒号が飛ぶ。
結界塔が次々と起動。
魔導砲台が黒冠方向へ向けられる。
だが。
誰の顔にも余裕はなかった。
「……始まったか」
ガルド・レイヴンが低く呟く。
その赤眼は険しい。
「ガルド司令」
フィリップが前へ出る。
「現在の黒冠内部状況は」
「最悪だ」
即答だった。
「第五層以降、空間構造が変質し始めている」
「通常の地図も通用しない」
「さらに」
ガルドの視線がヒオリへ向く。
「星霊反応が近付くほど、内部魔物が異常進化する」
ヒオリの指先が少し震えた。
自分が原因。
そう思ってしまう。
その瞬間。
温かい感触。
ペケが自然に彼女の手を握っていた。
「気にするな」
低い声。
「お前が悪いわけじゃない」
また先回りされた。
ヒオリは少し悔しそうに唇を尖らせる。
「……なんで分かるの」
「顔に出てる」
「そんなに?」
「ああ」
即答だった。
すると。
「ふふ」
セレスティアが小さく笑う。
「本当に、お二人は息が合っていますね」
「〜〜〜っ!」
ヒオリが顔を赤くする。
だが。
その空気は、次の瞬間消えた。
『――来て』
また声。
ヒオリの瞳が揺れる。
「っ……!」
「ヒオリ?」
「聞こえる……」
蒼い瞳が北を向く。
「泣いてる」
静寂。
吹雪の音だけが響く。
「封星巫女……」
アステリアが苦しそうに呟いた。
「やはり、生きていたのですね」
「誰なんだ、それ」
レートが真顔で聞く。
アステリアはゆっくり答える。
「古代災厄戦争時代」
「“星喰い”を封じるため、封印核へ自ら魂を捧げた少女たちです」
空気が凍った。
「魂を……?」
ヒオリが小さく呟く。
「ええ」
アステリアの翡翠の瞳が揺れる。
「星霊継承者と対になる存在」
「彼女たちは命ではなく、“永遠”を封印へ使われました」
重い沈黙。
つまり。
死ぬことすら許されず、封印の中で眠り続けている。
「そんなの……」
ヒオリの胸が痛む。
苦しい。
その声が、あまりにも悲しかったから。
「助けたい、か」
不意にペケが言った。
ヒオリが目を見開く。
「……うん」
小さく頷く。
「放っておけない」
すると。
ペケはほんの少しだけ目を細めた。
「お前らしい」
「どういう意味?」
「そういうところだ」
よく分からない。
だが。
その声音はどこか優しかった。
◇◇◇
その夜。
ノルディア防衛本部。
遠征隊は黒冠突入前、最後の作戦会議を行っていた。
「侵入は明朝」
ガルドが地図を指す。
「第一層から第三層までは軍が制圧済み」
「問題は第四層以降だ」
地図上には、大きく黒塗りされた領域。
「第五層から下は、“認識汚染区域”」
セオドアが静かに眉を寄せる。
「認識汚染……」
「簡単に言えば」
ガルドの声が低くなる。
「正気を削られる」
空気が重くなる。
「幻覚」
「記憶侵食」
「精神崩壊」
「深層へ行くほど悪化する」
ヒオリは小さく息を呑む。
Sランクダンジョン。
想像以上だった。
「ですが」
アステリアが静かに口を開く。
「恐らくヒオリ様だけは、深層へ導かれる」
全員が彼女を見る。
「封星巫女は、“星霊継承者”を待っているはずです」
「なら」
翡翠の瞳が細められる。
「黒冠最深部には、古代の真実が眠っています」
その時だった。
ペケの頭へ、一瞬だけ映像が流れ込む。
白い少女。
黒い鎖。
血塗れの灰銀剣。
そして。
『――今度こそ、救って』
「っ……!」
ペケが僅かに眉を寄せる。
「ペケ?」
「……いや」
だが。
灰銀の瞳は静かに揺れていた。
まるで。
“誰か”の記憶が、自分の中に流れ込んできたみたいに。
◇◇◇
深夜。
黒冠の奈落最深層。
闇。
鎖。
巨大な封印陣。
その中央で。
一人の少女が、静かに目を開けた。
白銀の髪。
蒼い瞳。
透けるような身体。
『……来る』
小さな声。
何千年も待ち続けたような、儚い声。
『灰銀』
『星霊』
少女は、涙を零しながら微笑んだ。
『今度こそ』
『終わらせて――』
その瞬間。
封印の奥で、“何か”が静かに笑った。




