第38話 白銀都市ノルディア
魔導列車がゆっくり速度を落としていく。
窓外は、吹雪。
視界を埋め尽くす白。
そしてその先に、巨大な城塞都市が見えてきた。
「……あれが」
ヒオリが小さく息を呑む。
「ノルディアだ」
ペケが静かに答える。
ヴァルディア帝国最北端防衛都市。
永久凍土を生き抜く軍事都市。
巨大な黒鉄城壁。
幾重にも張られた結界。
空には巡回飛空艇まで浮かんでいる。
完全に戦時要塞だった。
「すご……」
レートが窓へ張り付く。
「帝都より物騒じゃねぇ?」
「実際、常時戦場みたいな場所ですから」
セオドアが冷静に補足する。
「黒冠の奈落から定期的に魔物暴走が発生しますので」
「住みたくねぇ……」
その時だった。
ヒオリの胸元が熱を持つ。
「っ……!」
全員の空気が変わる。
「ヒオリ?」
ペケが即座に支える。
ヒオリは息を呑みながら窓外を見る。
都市のさらに奥。
吹雪の向こう。
見えるはずもないのに。
確かに“そこ”を感じた。
黒冠の奈落。
『――近い』
声。
今までで一番鮮明だった。
ヒオリの背筋が寒くなる。
「……いる」
「何がだ」
「分からない……でも」
蒼い瞳が揺れる。
「すごく嫌な感じがする」
ペケの瞳が鋭く細まった。
「……到着後、すぐ動くぞ」
「え?」
「黒冠の状態確認を優先する」
その声音には、明確な警戒が滲んでいた。
◇◇◇
ノルディア中央駅。
白銀のホームへ列車が到着した瞬間。
周囲の空気が変わった。
「……来たか」
「本当に学生か?」
「いや、あれが灰銀の……」
駅には既に帝国軍が整列していた。
重装騎士。
魔導砲部隊。
さらにSランク探索者までいる。
完全に異常事態対応だった。
「歓迎されてる感じしないね……」
ヒオリが小さく呟く。
「当然だ」
フィリップが前を見る。
「黒冠が動いている今、この街は極限状態だ」
その時。
軍列の中央から、一人の男が前へ出た。
長身。
黒銀軍服。
鋭い赤眼。
左頬には古傷。
「……久しいな、第二皇子」
低い声。
ペケが静かに目を細める。
「ガルド・レイヴン」
「知り合い?」
ヒオリが小声で聞く。
「帝国北方軍総司令」
アイリスが即答した。
「ついでに元Sランク探索者」
「えっ」
化け物だった。
ガルドはゆっくりヒオリを見る。
鋭い視線。
軍人特有の圧。
「……そちらが星霊継承者か」
ヒオリは少しだけ緊張しながら頭を下げる。
「ヒオリ・リュミエールです」
数秒の沈黙。
やがて。
ガルドは小さく息を吐いた。
「随分若いな」
「ですが」
赤眼が細まる。
「確かに、“向こう側”の気配が反応している」
その瞬間。
周囲の軍人たちがざわついた。
「やはり本当だったのか……」
「黒冠が星霊へ共鳴していると……」
ガルドは再びペケを見る。
「状況は最悪だ」
「昨日深夜、黒冠第五層で探索部隊が壊滅した」
空気が凍る。
「壊滅……?」
セレスティアが顔色を変える。
「生存者は一名」
「だが精神崩壊状態だ」
重い沈黙。
Sランクダンジョン。
改めて、その異常性が伝わってくる。
「さらに」
ガルドの声音が低くなる。
「最深部封印層から、“歌声”が聞こえるらしい」
ヒオリの背筋が凍った。
「……歌?」
「内容は不明」
「だが、聞いた者は全員“星”を口にする」
その瞬間。
ヒオリの胸元が強く脈打った。
『――来て』
頭の奥へ、少女の声が響く。
今までとは違う。
冷たい声じゃない。
悲しくて。
泣きそうな声。
「っ……!」
ヒオリがふらつく。
「ヒオリ!」
ペケが即座に支える。
「聞こえたか」
ヒオリは震えながら頷いた。
「女の子の声……」
アステリアの顔色が変わる。
「まさか」
翡翠の瞳が黒冠方向を見る。
「“封星巫女”が、まだ残っている……?」
「封星巫女?」
レートが眉を寄せる。
だが。
アステリアは答えなかった。
代わりに。
彼女は静かに呟く。
「急がないと」
「黒冠が、完全に開いてしまう」
その瞬間。
遥か北方。
吹雪の奥で。
巨大な黒い光柱が、空へ立ち上った。




