表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/121

第4話 交差する視線

 入学式が始まった。


 講堂中央の星紋章が淡く光り、天井に描かれた巨大な星座魔法陣がゆっくりと回転を始める。


 青白い光が降り注ぎ、会場全体を静かな幻想で包み込んだ。


「綺麗……」


 誰かが感嘆の声を漏らした。


 王立アルカディア学院の開式魔法。


 創設以来、一度も欠かされたことのない伝統。


 星霊鉱石と古代魔導術式を組み合わせた特殊魔法であり、学院が“中立と知識の象徴”であることを示す儀式でもあった。


 ヒオリは光に照らされた講堂を見上げる。


 まるで星空の中にいるようだった。


 けれどその美しさの中で、胸の奥だけが落ち着かない。


 視線を感じる。


 いや、正確には。


 自分が気になってしまっている。


 ヴァルディア帝国第二皇子。


 ペケ・ヴァルディア。


 ヒオリは無意識に帝国席の方を見てしまう。


 彼は静かに座っていた。


 周囲の喧騒とは別世界にいるような静けさ。


 講堂にいる誰より目立つのに、本人だけは全く気にしていない。


 その姿が、なぜか目を引いた。


「ヒオリ様」


 ミリアの小さな声。


 ヒオリは慌てて正面を向く。


「……ごめんなさい」


「本日三回目です」


「数えてたの?」


「ええ」


 ミリアは平然としていた。


 隣でレートが肩を震わせている。


「笑わないで」


「いや無理だろ。王女様、分かりやすすぎる」


「だから違うの」


「何が?」


「その……気になってる、とかではなくて……」


「じゃあ何だ?」


 ヒオリは答えに詰まった。


 自分でも分からない。


 怖いのだ。


 夢で見た未来が。


 灰銀の王子という存在が。


 けれど同時に、どうしても知りたいと思ってしまう。


 あの瞳の奥に何があるのか。


 なぜあんなにも孤独そうだったのか。


「……星が気になるだけよ」


「星?」


「夢で見たの」


 そこまで言って、ヒオリは口を閉ざした。


 ミリアはそれ以上追及しない。


 ただ静かにヒオリの横顔を見つめる。


「ヒオリ様」


「なぁに?」


「危険だと思ったら、逃げてください」


 ヒオリは少しだけ目を丸くした。


「ミリアらしくない言葉ね」


「そうでしょうか」


「あなたなら、“立ち向かってください”って言うと思った」


「立ち向かう価値がある相手なら、そう言います」


 ミリアは静かに続けた。


「ですが、運命は時々、人を壊します」


 その声音は穏やかだった。


 けれどどこか、祈るようにも聞こえた。


 ヒオリは何も答えられない。


 ただ胸元に残る、星霊魔法の痕が微かに熱を持っていた。


 その時。


 講堂中央へ、一人の老人が歩み出た。


 深い紺色の学院長衣。


 長い白髪。


 そして右目に刻まれた古い傷。


 王立アルカディア学院学院長。


 ケン・アルディウス。


 大陸でも屈指の魔導学者にして、元Sランク探索者。


 彼が杖を軽く鳴らすと、講堂のざわめきが静まった。


「諸君」


 低くよく通る声が響く。


「今年もまた、新たな星々がこの学院へ集った」


 天井の魔法陣が淡く回転する。


「王族。貴族。騎士。魔導師。探索者」


「諸君らは皆、異なる国で生まれ、異なる価値観を持つ」


「だが、この学院においてのみ、その全ては平等だ」


 ケン学院長は、静かに周囲を見渡した。


「ここでは家柄も、国力も、過去も関係ない」


「必要なのは知識と誇りだ」


 講堂が静まり返る。


「――そして、生き残る力だ」


 その瞬間。


 講堂後方の巨大窓の外で、鐘が鳴った。


 低く重い音。


 まるで戦場の始まりを告げるような響きだった。


 ヒオリは小さく肩を震わせる。


「生き残る……?」


 その言葉が、妙に胸に引っかかった。


 学院。


 学び舎。


 本来なら平和な場所のはずなのに。


 学院長の言葉には、どこか戦場の匂いがあった。


「諸君らも知っているだろう」


 ケン学院長が続ける。


「近年、大陸各地でダンジョン活性化が確認されている」


 講堂がざわつく。


 ヒオリも知っていた。


 ここ数年、各国で魔物発生率が上昇している。


 未踏ダンジョンの活動。


 魔力濃度の異常変動。


 そして、一部地域で確認された“黒霧現象”。


 まだ表向きには伏せられているが、各国上層部は確実に危機感を抱いていた。


「知識だけでは生き残れん」


「剣だけでも足りん」


「国一つでは、越えられぬ脅威も存在する」


 ケン学院長の視線が、一瞬だけ帝国席へ向いた。


 そして。


 森王国席へ。


 海洋王国席へ。


 最後に、ヒオリのいる王国席へ。


「だからこそ諸君らは、ここで出会う」


「未来の敵と」


「未来の盟友に」


 その言葉に、ヒオリの胸がざわついた。


 未来。


 その言葉に、星霊魔法が微かに反応する。


 視界の奥で、一瞬だけ星屑が散った気がした。


「……っ」


 ヒオリは思わず目を閉じる。


 その時だった。


 不意に、別の視線を感じた。


 静かで。


 冷たくて。


 けれど、どこか心配するような視線。


 ヒオリはゆっくりと顔を上げる。


 帝国席。


 ペケがこちらを見ていた。


 ほんの僅か。


 周囲には気付かれないほど小さく、彼の眉が寄る。


 まるで。


 ヒオリの異変に気付いたように。


「……え」


 次の瞬間。


 ペケは何事もなかったように視線を戻した。


 けれどヒオリの心臓は強く脈打っていた。


 今のは、気のせいではない。


 彼は気付いた。


 ヒオリの星霊魔法の反応に。


「ヒオリ様?」


 ミリアが心配そうに覗き込む。


「顔色が……」


「だ、大丈夫」


 そう答える。


 けれど胸の鼓動が収まらない。


 なぜ。


 どうして。


 初めて会ったはずなのに。


 あの人だけが、自分の異変に気付いたのだろう。


 その頃。


 帝国席では。


「……珍しいな」


 アイリスが小さく呟いていた。


 ペケは無言のまま講堂中央を見ている。


「お前が他人を気にするなんて」


「気にしていない」


「はいはい」


 アイリスは笑いながら頬杖をつく。


「でも、あの王女様」


「……」


「なんか妙だったな」


 ペケは答えない。


 ただ静かに、ヒオリの姿を見つめていた。


 蒼い瞳。


 淡い金髪。


 柔らかそうな雰囲気。


 誰もが“星詠み姫”と呼ぶ王女。


 けれど。


 ほんの一瞬だけ見えた。


 あの少女の奥にある、“壊れそうな何か”を。


 ペケはゆっくり目を閉じる。


 胸の奥が妙にざわついていた。


 理由は分からない。


 だが本能が告げている。


 ――近づくな。


 それなのに。


 どうしても、目を離せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ