第4話 交差する視線
入学式が始まった。
講堂中央の星紋章が淡く光り、天井に描かれた巨大な星座魔法陣がゆっくりと回転を始める。
青白い光が降り注ぎ、会場全体を静かな幻想で包み込んだ。
「綺麗……」
誰かが感嘆の声を漏らした。
王立アルカディア学院の開式魔法。
創設以来、一度も欠かされたことのない伝統。
星霊鉱石と古代魔導術式を組み合わせた特殊魔法であり、学院が“中立と知識の象徴”であることを示す儀式でもあった。
ヒオリは光に照らされた講堂を見上げる。
まるで星空の中にいるようだった。
けれどその美しさの中で、胸の奥だけが落ち着かない。
視線を感じる。
いや、正確には。
自分が気になってしまっている。
ヴァルディア帝国第二皇子。
ペケ・ヴァルディア。
ヒオリは無意識に帝国席の方を見てしまう。
彼は静かに座っていた。
周囲の喧騒とは別世界にいるような静けさ。
講堂にいる誰より目立つのに、本人だけは全く気にしていない。
その姿が、なぜか目を引いた。
「ヒオリ様」
ミリアの小さな声。
ヒオリは慌てて正面を向く。
「……ごめんなさい」
「本日三回目です」
「数えてたの?」
「ええ」
ミリアは平然としていた。
隣でレートが肩を震わせている。
「笑わないで」
「いや無理だろ。王女様、分かりやすすぎる」
「だから違うの」
「何が?」
「その……気になってる、とかではなくて……」
「じゃあ何だ?」
ヒオリは答えに詰まった。
自分でも分からない。
怖いのだ。
夢で見た未来が。
灰銀の王子という存在が。
けれど同時に、どうしても知りたいと思ってしまう。
あの瞳の奥に何があるのか。
なぜあんなにも孤独そうだったのか。
「……星が気になるだけよ」
「星?」
「夢で見たの」
そこまで言って、ヒオリは口を閉ざした。
ミリアはそれ以上追及しない。
ただ静かにヒオリの横顔を見つめる。
「ヒオリ様」
「なぁに?」
「危険だと思ったら、逃げてください」
ヒオリは少しだけ目を丸くした。
「ミリアらしくない言葉ね」
「そうでしょうか」
「あなたなら、“立ち向かってください”って言うと思った」
「立ち向かう価値がある相手なら、そう言います」
ミリアは静かに続けた。
「ですが、運命は時々、人を壊します」
その声音は穏やかだった。
けれどどこか、祈るようにも聞こえた。
ヒオリは何も答えられない。
ただ胸元に残る、星霊魔法の痕が微かに熱を持っていた。
その時。
講堂中央へ、一人の老人が歩み出た。
深い紺色の学院長衣。
長い白髪。
そして右目に刻まれた古い傷。
王立アルカディア学院学院長。
ケン・アルディウス。
大陸でも屈指の魔導学者にして、元Sランク探索者。
彼が杖を軽く鳴らすと、講堂のざわめきが静まった。
「諸君」
低くよく通る声が響く。
「今年もまた、新たな星々がこの学院へ集った」
天井の魔法陣が淡く回転する。
「王族。貴族。騎士。魔導師。探索者」
「諸君らは皆、異なる国で生まれ、異なる価値観を持つ」
「だが、この学院においてのみ、その全ては平等だ」
ケン学院長は、静かに周囲を見渡した。
「ここでは家柄も、国力も、過去も関係ない」
「必要なのは知識と誇りだ」
講堂が静まり返る。
「――そして、生き残る力だ」
その瞬間。
講堂後方の巨大窓の外で、鐘が鳴った。
低く重い音。
まるで戦場の始まりを告げるような響きだった。
ヒオリは小さく肩を震わせる。
「生き残る……?」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
学院。
学び舎。
本来なら平和な場所のはずなのに。
学院長の言葉には、どこか戦場の匂いがあった。
「諸君らも知っているだろう」
ケン学院長が続ける。
「近年、大陸各地でダンジョン活性化が確認されている」
講堂がざわつく。
ヒオリも知っていた。
ここ数年、各国で魔物発生率が上昇している。
未踏ダンジョンの活動。
魔力濃度の異常変動。
そして、一部地域で確認された“黒霧現象”。
まだ表向きには伏せられているが、各国上層部は確実に危機感を抱いていた。
「知識だけでは生き残れん」
「剣だけでも足りん」
「国一つでは、越えられぬ脅威も存在する」
ケン学院長の視線が、一瞬だけ帝国席へ向いた。
そして。
森王国席へ。
海洋王国席へ。
最後に、ヒオリのいる王国席へ。
「だからこそ諸君らは、ここで出会う」
「未来の敵と」
「未来の盟友に」
その言葉に、ヒオリの胸がざわついた。
未来。
その言葉に、星霊魔法が微かに反応する。
視界の奥で、一瞬だけ星屑が散った気がした。
「……っ」
ヒオリは思わず目を閉じる。
その時だった。
不意に、別の視線を感じた。
静かで。
冷たくて。
けれど、どこか心配するような視線。
ヒオリはゆっくりと顔を上げる。
帝国席。
ペケがこちらを見ていた。
ほんの僅か。
周囲には気付かれないほど小さく、彼の眉が寄る。
まるで。
ヒオリの異変に気付いたように。
「……え」
次の瞬間。
ペケは何事もなかったように視線を戻した。
けれどヒオリの心臓は強く脈打っていた。
今のは、気のせいではない。
彼は気付いた。
ヒオリの星霊魔法の反応に。
「ヒオリ様?」
ミリアが心配そうに覗き込む。
「顔色が……」
「だ、大丈夫」
そう答える。
けれど胸の鼓動が収まらない。
なぜ。
どうして。
初めて会ったはずなのに。
あの人だけが、自分の異変に気付いたのだろう。
その頃。
帝国席では。
「……珍しいな」
アイリスが小さく呟いていた。
ペケは無言のまま講堂中央を見ている。
「お前が他人を気にするなんて」
「気にしていない」
「はいはい」
アイリスは笑いながら頬杖をつく。
「でも、あの王女様」
「……」
「なんか妙だったな」
ペケは答えない。
ただ静かに、ヒオリの姿を見つめていた。
蒼い瞳。
淡い金髪。
柔らかそうな雰囲気。
誰もが“星詠み姫”と呼ぶ王女。
けれど。
ほんの一瞬だけ見えた。
あの少女の奥にある、“壊れそうな何か”を。
ペケはゆっくり目を閉じる。
胸の奥が妙にざわついていた。
理由は分からない。
だが本能が告げている。
――近づくな。
それなのに。
どうしても、目を離せなかった。




