第31話 星祭の夜
王立アルカディア学院。
襲撃事件から三日後。
本来なら中止されるはずだった大陸親善祭は、規模を縮小した上で続行されることになった。
理由は単純。
今ここで祭を止めれば、“世界が恐怖に負けた”と各国へ示すことになるからだ。
「建前って大変ね……」
ヒオリは中庭を見下ろしながら小さく呟いた。
夜。
学院中央広場には無数の星灯りが浮かんでいる。
幻想的だった。
石畳。
夜風。
淡い魔導灯。
まるで何事もなかったような平和な光景。
けれど。
誰もが理解している。
世界は、もう変わってしまった。
「ヒオリ様」
ミリアが静かに声を掛ける。
「そろそろお時間です」
「……うん」
今夜。
学院側は“安全宣言”を兼ねた交流夜会を開くらしい。
王族。
貴族。
各国代表。
全員参加。
つまり。
とても気が重い。
「絶対また色々聞かれるわよね……」
「ええ」
「否定しないのね」
「事実ですので」
ミリアは穏やかに微笑んだ。
「特に“灰銀の王子との関係”は」
「〜〜〜っ!」
ヒオリの顔が一瞬で赤くなる。
「ち、違うから!」
「最近それ、説得力なくなってきましたよ」
「ミリアまでぇ……」
だがその時だった。
コンコン、と部屋がノックされる。
「誰?」
「私です」
低い声。
ヒオリの心臓が跳ねた。
「ぺ、ペケ!?」
ミリアが静かに扉を開ける。
そこに立っていたのは、黒い正装姿のペケだった。
軍服風の礼装。
銀装飾。
静かな威圧感。
そして。
相変わらず整いすぎた顔。
「…………」
ヒオリが固まる。
駄目。
格好良すぎる。
「どうした」
「な、なんでもない……!」
慌てて視線を逸らす。
すると。
ペケが少しだけ首を傾げた。
「顔が赤い」
「気のせい!」
ミリアが横で小さく笑いを堪えていた。
「それで、ご用件は?」
「……夜会へ行くだろ」
ペケが静かに言う。
「護衛を兼ねて迎えに来た」
ヒオリの心臓がまた跳ねた。
迎え。
その単語だけで無理だった。
「わざわざ来なくても……!」
「来る」
即答だった。
「お前、狙われてる自覚薄いだろ」
「うっ……」
否定できない。
実際、星霊魔法覚醒以降は学院警備まで強化されている。
「だから一人にするなって、アルトたちにも言われてる」
「……ペケも大変ね」
「別に」
灰銀の瞳が静かにヒオリを見る。
「お前守るのは苦じゃない」
その瞬間。
ヒオリの思考が停止した。
「…………」
「ヒオリ様、息を」
「ミリアぁ……」
その時。
ペケの視線が、ふと止まる。
「……綺麗だな」
「え」
ヒオリが目を瞬かせる。
ペケはほんの少しだけ目を細めた。
「そのドレス」
白と蒼を基調とした夜会用ドレス。
星空を思わせる刺繍。
王妃から贈られたものだった。
「似合ってる」
静かな声。
けれど。
破壊力が高すぎた。
「〜〜〜っ!!」
ヒオリが真っ赤になる。
「ぺ、ペケって時々さらっと凄いこと言うわよね!?」
「そうか?」
「そうなのよ!!」
本人だけ分かってない。
ミリアは完全に微笑ましいものを見る目になっていた。
◇◇◇
中央広場。
星祭夜会。
多くの王族と貴族が集まる中。
ヒオリとペケが並んで現れた瞬間。
空気が変わった。
「……来た」
「星詠み姫だ」
「灰銀の王子と一緒に……」
ざわめき。
視線。
だが。
ペケは全く気にしていなかった。
自然にヒオリの隣を歩いている。
それがまた周囲を騒がせる。
「完全に護ってるな……」
「距離近くない?」
「いやでもあの第二皇子だぞ?」
ヒソヒソ声。
ヒオリは羞恥で死にそうだった。
「む、無理……」
「何がだ」
「周り見て!」
ペケが周囲を見る。
数秒後。
「……別に問題ない」
「問題しかないのよ!」
すると。
「おや」
穏やかな声。
セレスティアだった。
海色のドレス姿。
相変わらず綺麗すぎる。
「お似合いですね」
ヒオリが固まる。
「せ、セレスティア様!?」
「そんな慌てなくても」
セレスティアは小さく笑う。
だがその時。
彼女の視線が、一瞬だけ空へ向いた。
海色の瞳が細められる。
「……?」
ヒオリもつられて空を見る。
夜空。
星々。
その中で。
一つだけ。
黒い流星が、静かに空を横切った。
「っ……!」
ヒオリの胸元が熱を持つ。
星霊魔法が反応した。
そして。
頭の奥へ、また声が響く。
『北へ来い』
低い声。
冷たい声。
『封印が、泣いている』
ヒオリの顔色が変わる。
その瞬間。
遠く離れた大陸北部。
ヴァルディア帝国領最北端。
Sランクダンジョン“黒冠の奈落”の最深部で。
何かが、静かに目を開けていた。




