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第30話 各国の招待状

 王立アルカディア学院。


 中央塔・特別会議室。


 重厚な円卓の上には、山のような書類が積み上がっていた。


「……増えてるな」


 フィリップが疲れた顔で呟く。


「今朝だけで三十二通です」


 セオドアが冷静に追加報告をする。


「各国王家、魔導機関、教会、冒険者連盟、貴族連合……ほぼ大陸全域ですね」


「うわぁ」


 レートが顔を引き攣らせた。


「完全に世界デビューじゃん」


「笑い事じゃない」


 学院長ケン・アルディウスは深くため息を吐く。


 机上へ置かれた封蝋付き書簡。


 そこに刻まれている紋章は、どれも大国級だった。


 ヴァルディア帝国。


 リュミエール王国。


 海洋王国マーレフィス。


 聖国ルミナス。


 魔導国家アルカナ。


 さらに複数のSランク探索者機関まで動いている。


「要求内容は?」


 ペケが静かに問う。


「様々だ」


 学院長は頭を押さえた。


「星霊魔法調査協力」


「灰銀術式観測」


「共同防衛条約」


「保護名目の身柄要求」


「婚姻打診まである」


 その瞬間。


 空気が止まった。


「……は?」


 ヒオリが固まる。


 学院長は遠い目をした。


「主にヒオリ宛てだ」


「な、なんで!?」


「星霊継承者だからだろうな」


 あまりにも重すぎる理由だった。


 ヒオリの顔が青くなる。


「む、無理よそんなの……」


「安心しろ」


 フィリップが即答した。


「全部断ってる」


「兄上」


「当然だろう」


 フィリップは苦々しく言う。


「今の星詠み姫は“世界級戦略存在”扱いだ」


「下手に動けば大陸戦争の火種になる」


 その言葉に、会議室が静まり返る。


 冗談ではない。


 本当にそのレベルなのだ。


「特に問題なのは」


 セオドアが静かに一枚の書簡を差し出す。


 黒い封蝋。


 見慣れない紋章。


「……これです」


 学院長の表情が変わった。


「どこからだ」


「差出不明」


「ですが」


 セオドアの瞳が細められる。


「古代文字で、“星を返せ”とだけ記されています」


 空気が冷えた。


 ヒオリの胸元が、微かに熱を持つ。


「……っ」


 ペケが即座に気付いた。


「反応したか」


「う、うん……少しだけ」


 すると。


 アステリアが静かに口を開く。


「恐らく、“星喰い側”です」


 全員の空気が変わる。


「人間じゃないってことか?」


 レートが顔を引き攣らせる。


「ええ」


 アステリアは頷いた。


「古代災厄は完全には消えていません」


「眠っているだけです」


「そして今」


 翡翠の瞳がヒオリを見る。


「星霊が再起動したことで、“向こう側”も目覚め始めている」


 静かな恐怖が広がる。


 ヒオリは小さく指を握った。


 怖い。


 知らないところで、世界がどんどん動いていく。


 その時だった。


「……なら簡単だ」


 低い声。


 ペケだった。


 全員が視線を向ける。


 灰銀の王子は、静かに書簡を見つめている。


「全部まとめて叩き潰せばいい」


「物騒すぎるだろ」


 アイリスが即座に突っ込む。


「もっと外交的にいけ外交的に」


「向こうが災厄なら交渉の余地はない」


「まぁ正論ではあるけど」


 ヒオリは思わず苦笑しそうになる。


 こんな状況なのに。


 この人がいると、少しだけ安心してしまう。


 すると。


「ヒオリ様」


 不意にセレスティアが微笑んだ。


「少し、よろしいですか?」


「え?」


 海色の瞳。


 穏やかな笑み。


 だがどこか真剣だった。


「お話したいことがあるのです」


◇◇◇


 学院中庭。


 噴水の傍。


 午後の風が静かに花弁を揺らしていた。


「……ごめんなさいね」


 セレスティアが小さく笑う。


「急に呼び出してしまって」


「い、いえ」


 ヒオリは少し緊張していた。


 セレスティア。


 ペケの婚約者。


 しかも完璧な王女様。


 どう接すればいいか、未だによく分からない。


「ヒオリ様」


 セレスティアが静かに言う。


「貴女は、ペケ殿下がお好きですね」


「っ!?」


 直球だった。


 ヒオリの顔が一瞬で赤くなる。


「ち、違っ……!」


「否定できませんよね?」


「うっ……」


 できない。


 もう最近、自分でも隠しきれていない気がする。


 セレスティアは少しだけ寂しそうに笑った。


「やっぱり」


「……」


「ずっと見ていたので分かります」


 その言葉に、ヒオリの胸が少し痛む。


 この人は。


 ずっとペケの隣にいた人だ。


「……ごめんなさい」


 思わず零れた。


 セレスティアが目を丸くする。


「どうして謝るのです?」


「だって……」


 婚約者なのに。


 自分は。


 彼を好きになってしまった。


「ヒオリ様」


 セレスティアは静かに首を振る。


「恋は、謝るものではありません」


 その声音は優しかった。


 だからこそ苦しい。


「わたくしも」


 海色の瞳が少しだけ揺れる。


「ペケ殿下のことを、大切に思っています」


 ヒオリは息を呑む。


「でも」


 セレスティアは空を見る。


「きっと、あの方が本当に欲しかったものは」


 そして。


 彼女は静かに微笑んだ。


「“隣で一緒に壊れてくれない人”だったのでしょうね」


 ヒオリの胸が強く脈打つ。


 夢の中のペケ。


 一人で全部背負って壊れていった灰銀の王子。


「だから」


 セレスティアは真っ直ぐヒオリを見る。


「どうか、あの方を一人にしないであげてください」


 その言葉は。


 ヒオリの胸へ、深く深く残った。

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