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第29話 大陸が動く日

 王立アルカディア学院襲撃事件。


 その報せは、わずか一日で大陸全土へ広がった。


 各国王城。


 貴族議会。


 冒険者ギルド。


 教会。


 そして裏社会まで。


 誰もが同じ名を口にしていた。


 ――星詠み姫。


 ――灰銀の王子。


 世界を覆った黒霧。


 SS級災厄反応。


 星を断つ光。


 情報は尾ひれを付けながら広がっていく。


 だが。


 どれだけ誇張されようと、一つだけ確かな事実があった。


 世界は変わり始めている。


◇◇◇


 ヴァルディア帝国。


 帝都グランヴァルス。


 皇城最上階・黒曜議会室。


 巨大な円卓には、帝国中枢の重鎮たちが集められていた。


「……つまり」


 老将軍が低く言う。


「第二皇子殿下が、“星断剣”を顕現させたと?」


「報告ではそうなっています」


 黒服の諜報官が頭を下げる。


「さらに星霊魔法保持者との完全共鳴反応を確認」


 空気が変わる。


 帝国上層部の顔色が僅かに揺れた。


「馬鹿な……」


「古代術式は失われたはずでは」


「封印継承血統が生きていたのか……?」


 ざわめき。


 だが。


 円卓最奥に座る男だけは静かだった。


 ヴァルディア帝国皇帝。


 アレクシス・ヴァルディア。


 鋭い金眼が、静かに書類を見下ろしている。


「……ペケ」


 小さな呟き。


 誰にも聞こえないほどの声。


 その時。


「陛下」


 宰相が低く口を開く。


「対応を」


「決まっている」


 皇帝は静かに顔を上げた。


「星詠み姫は、帝国が保護する」


 室内が凍る。


「なっ……!」


「リュミエール王国が黙っておりません!」


「だからこそだ」


 皇帝の声は低い。


「世界が動く前に、先手を打つ」


 その金眼には、王としての冷徹さが宿っていた。


◇◇◇


 一方。


 リュミエール王国。


 王城星見の間。


「……帝国が動きますね」


 レオンハルトが静かに告げる。


 その前には、リュミエール国王と王妃。


 そしてヒオリの兄姉たちがいた。


「当然だろう」


 第一王子が苦々しく呟く。


「星霊魔法まで表に出た以上、各国が放っておくはずがない」


 王妃は静かに目を閉じる。


「ヒオリが巻き込まれていく……」


 その声には、母としての苦しみが滲んでいた。


「ですが」


 レオンハルトが真っ直ぐ前を見る。


「私は必ずヒオリ様を守ります」


 静かな声。


 だが本気だった。


「たとえ相手が帝国でも」


 その瞬間。


 王妃が少しだけ微笑む。


「……本当に、貴方は優しい子ね」


 レオンハルトは何も答えなかった。


 ただ。


 脳裏には、あの夜の光景が焼き付いている。


 ヒオリとペケ。


 二人が並ぶ姿。


 まるで最初から運命で結ばれていたみたいだった。


「……敵わないな」


 誰にも聞こえないほど小さく呟く。


◇◇◇


 そして。


 王立アルカディア学院。


 最上階医療棟。


「……世界規模で面倒なことになってるな」


 アイリスが新聞束を机へ置いた。


「もう噂どころじゃないぞこれ」


 ベッド上のペケは無言で書類を眺める。


 “星霊姫覚醒”。


 “黒霧災厄再来”。


 “灰銀の継承者”。


 好き勝手書かれていた。


「まぁ事実だしなぁ」


 レートが肩を竦める。


「学院の女子とかもう完全にヒオリ様とペケ殿下の恋物語扱いしてるぞ」


 その瞬間。


 ペケの動きが止まった。


「……なんだそれは」


「なんだも何も」


 アイリスが吹き出す。


「お前、自覚ないのか?」


「何の」


「もう手遅れなくらい囲い込んでる」


「囲ってない」


「女子寮乗り込んだ時点でアウトだろ」


「……」


 反論できなかった。


 その時。


 コンコン、と控えめなノック音。


「失礼します」


 ヒオリだった。


 白いワンピース姿。


 まだ少し顔色は悪いが、歩ける程度には回復している。


 そして。


 入った瞬間、全員の視線が集まった。


「……え?」


 ヒオリが固まる。


 アイリスがニヤニヤ笑った。


「お、来た来た」


「じゃあ俺ら空気読むか」


「えっ?」


「行くぞお前ら」


 レートたちが一斉に退出し始める。


「ちょ、待っ……!」


 ヒオリが慌てる。


 だが。


 扉は綺麗に閉まった。


 静寂。


 部屋に残されたのは、ヒオリとペケだけ。


「…………」


「…………」


 沈黙。


 気まずい。


 ヒオリの心臓がうるさい。


 すると。


「……座れ」


 ペケが静かに言った。


「え、あ、うん……」


 ヒオリは恐る恐る椅子へ座る。


 その瞬間。


 ペケが小さく息を吐いた。


「身体は」


「だ、大丈夫」


「無理するな」


「……ペケも」


 灰銀の瞳がこちらを見る。


 その視線だけで、胸が熱くなる。


「ねぇ」


 ヒオリが小さく呟く。


「これから、どうなるのかな」


 世界が動き始めた。


 もう普通には戻れない。


 怖い。


 でも。


 隣にこの人がいるなら。


 少しだけ、前を向ける気がした。


 すると。


 ペケは静かに彼女の手へ触れる。


 前より自然に。


 当たり前みたいに。


「……分からない」


 低い声。


「でも」


 灰銀の瞳が、真っ直ぐヒオリを見る。


「お前だけは、絶対守る」


 その言葉に。


 ヒオリの頬が、また熱くなっていった。

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