表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/121

第28話 眠れない夜

 王立アルカディア学院医療棟。


 最上階特別区画。


 窓の外では、夜明け前の淡い星空が静かに揺れていた。


「……まだ離すな」


 その一言で。


 ヒオリ・リュミエールの思考は完全に止まっていた。


「…………え」


 間抜けな声が漏れる。


 握られた手。


 灰銀の瞳。


 そして、妙に真剣な顔。


 心臓がうるさい。


「ぺ、ぺけ……?」


「なんだ」


「な、なんでそんな自然に……!」


「何がだ」


「そのっ……!」


 ヒオリは顔を真っ赤にしたまま言葉に詰まる。


 だが。


 ペケは本当に分かっていない顔だった。


 ミリアが横で小さくため息を吐く。


「ペケ殿下」


「……?」


「女性へ不用意にそういうことを仰るのは、お控えになった方がよろしいかと」


「そうなのか」


「はい」


「……悪かった」


 素直だった。


 だが。


 それでも手は離さない。


「離してないわよ!?」


 ヒオリが思わず突っ込む。


 ペケは数秒沈黙したあと。


「……安心する」


 静かに言った。


 ヒオリの顔が一瞬で爆発する。


「〜〜〜っ!!」


「ヒオリ様、呼吸を」


 ミリアが冷静に背中を擦る。


「これで倒れられると、さすがに介抱しきれません」


「ミリアが冷静すぎるのよ……!」


 だがその時。


 コンコン、と扉がノックされた。


「失礼する」


 低い声。


 入ってきたのはフィリップだった。


 帝国第一皇子。


 “金陽の王太子”。


 その後ろにはルシアンの姿まである。


「兄上」


 ペケが僅かに眉を寄せる。


「騒がしいから見に来た」


「絶対嘘ですね」


 ルシアンが即答した。


「気になって仕方なかっただけでしょう?」


「黙れ」


 フィリップはため息を吐く。


 だが。


 彼の視線はすぐヒオリへ向いた。


「身体は」


「だ、大丈夫です……」


「本当に?」


 金眼が細められる。


「君、死にかけていたぞ」


「……」


 返せない。


 実際、あの時は本当に限界だった。


 星霊魔法。


 完全覚醒寸前。


 学院長ですら止められなかった暴走。


「だが」


 フィリップは静かに言う。


「君のおかげで学院は救われた」


 その声音には、本物の敬意があった。


「礼を言う、星詠み姫」


「い、いえ……」


 ヒオリは困ったように視線を逸らす。


 すると。


 ルシアンが楽しそうに笑った。


「それにしても」


 金眼が細められる。


「まさか本当に“繋がる”とは」


 空気が少し変わる。


 ペケの瞳が冷える。


「何を知っている」


「さて?」


 ルシアンは肩を竦めた。


「ただ、古い伝承くらいは知っていますよ」


「灰銀と星霊」


「星喰いへ抗う、世界最後の楔」


 ヒオリの胸がざわつく。


 伝承。


 運命。


 最近、そんな言葉ばかりだ。


「でも」


 ルシアンはふっと笑う。


「僕が一番驚いたのは別です」


「……何だ」


「兄上があんな顔をするんだなって」


 静寂。


 ヒオリが瞬きをする。


「顔……?」


「ええ」


 ルシアンは楽しそうに続ける。


「ヒオリ様が倒れた時の兄上、本当に世界終わったみたいな顔してましたよ」


 その瞬間。


 ペケの空気が止まった。


「……ルシアン」


「事実でしょう?」


「黙れ」


「嫌です」


 ヒオリは恐る恐るペケを見る。


 すると。


 珍しく、彼が視線を逸らした。


「……ぺけ?」


「気にするな」


「いや無理でしょ今の流れ!?」


 フィリップが盛大に吹き出した。


「ははっ、お前そんな顔もできたんだな!」


「兄上まで……」


 ペケが本気で嫌そうな顔をする。


 だが。


 その空気は、どこか穏やかだった。


 戦いが終わったから。


 全員、生きているから。


「……でも」


 フィリップがふと真面目な顔になる。


「ここから先は、本当に世界が動く」


 室内が静かになる。


「今夜の件は隠しきれん」


「各国が動く」


「星霊魔法も、灰銀術式も、もう秘匿できない」


 重い現実。


 ヒオリの胸が少しだけ苦しくなる。


 普通の学院生活には、もう戻れない。


「怖いか?」


 不意に。


 ペケが静かに聞いた。


 ヒオリは少しだけ考えて。


 そして。


「……少し」


 素直に答えた。


「でも」


 彼女は小さく笑う。


「一人じゃないなら、頑張れる気がする」


 その瞬間。


 ペケの灰銀の瞳が、静かに揺れた。


 そして。


 彼は本当に小さく、でも確かに頷いた。


「ああ」


 低い声。


「もう、一人にはしない」


 その言葉に。


 ヒオリの胸は、また壊れそうなくらい熱くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ