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♦第四章 余波  第27話 灰銀と星詠み

 王立アルカディア学院。


 中央医療棟最上階。


 普段は重傷者や高位貴族しか入れない特別治療区画には、異様な静けさが漂っていた。


 白いカーテン。


 淡く灯る治癒魔法陣。


 窓の外には、夜明け前の薄青い空。


 あれほど激しかった戦いが嘘のようだった。


「……」


 ヒオリ・リュミエールは、静かにベッド脇へ座っていた。


 視線の先。


 そこには眠るペケ・ヴァルディアの姿。


 灰銀の髪。


 整った横顔。


 そして包帯だらけの身体。


 胸が痛む。


「本当に……無茶しすぎよ」


 小さく呟く。


 返事はない。


 当然だ。


 学院長曰く、あの戦闘は“人間の限界を超えた術式行使”だったらしい。


 下手をすれば死んでいた。


 その言葉を聞いた時。


 ヒオリは身体が冷えた。


 怖かった。


 あの人がいなくなる想像をした瞬間、息ができなくなるくらい。


「……困る」


 ぽつりと零れる。


「そんなの、困るわよ……」


 気付けば、指先が彼の手へ触れていた。


 少し冷たい。


 でも、生きている。


 それだけで安心してしまう。


「ヒオリ様」


 後ろから静かな声。


 振り返ると、ミリアだった。


「まだ起きていらしたのですか」


「……眠れなくて」


 ミリアは少し困ったように笑う。


「ご自身もかなり無理をされたのですよ?」


「でも」


 ヒオリは視線を落とす。


「私のせいで、ペケが……」


「違います」


 ミリアは即座に否定した。


 静かだが、強い声だった。


「ヒオリ様がいなければ、学院は滅んでいました」


「……」


「それに」


 ミリアは少しだけ目を細める。


「ペケ殿下は、貴女を守ることを後悔していません」


 ヒオリは言葉を失う。


 分かっている。


 あの人はそういう人だ。


 自分が壊れても、人を守ろうとする。


 だからこそ怖い。


「……昔からです」


 ミリアが静かに呟いた。


「ヒオリ様は、自分より他人を優先してしまう」


「え?」


「そして、そういう人ほど」


 ミリアの視線が眠るペケへ向く。


「同じように壊れかけた人へ惹かれる」


 ヒオリの胸が跳ねた。


「……ミリア」


「否定されますか?」


 できなかった。


 ヒオリは唇を噛む。


 だって本当だったから。


 夢の中のペケ。


 一人で立ち続ける灰銀の王子。


 あの姿を見た瞬間から、放っておけなくなっていた。


「……怖いの」


 小さな声。


 ミリアは何も言わず、続きを待つ。


「このまま、どんどん遠い場所へ行っちゃう気がして」


 ペケは強すぎる。


 王族。


 古代術式継承者。


 星喰いと戦う存在。


 自分なんかが隣にいていい人じゃない。


 なのに。


 離れたくないと思ってしまう。


「ヒオリ様」


 ミリアの声が柔らかくなる。


「それが恋ですよ」


 その瞬間。


 ヒオリの思考が止まった。


「……え」


「今さら気付いてなかったのですか」


「ち、違っ……!」


 顔が一瞬で赤くなる。


「ちが、だって、そんな……!」


「では聞きますが」


 ミリアが静かに追撃する。


「ペケ殿下が他の女性と親しくしていたら?」


「……嫌」


「隣に別の方が立っていたら?」


「それも嫌」


「死にかけた時は?」


 ヒオリの瞳が揺れる。


 そして。


 掠れた声で答えた。


「……すごく怖かった」


 ミリアは小さく微笑む。


「十分ですよ」


「〜〜〜っ!!」


 ヒオリが顔を覆う。


 無理。


 恥ずかしい。


 でも否定できない。


 その時だった。


「……騒がしい」


 低い掠れ声。


 二人が同時に振り返る。


 ペケだった。


 灰銀の瞳が、薄く開いている。


「ぺ、ペケ!?」


 ヒオリが立ち上がる。


 勢い余って椅子が倒れた。


「だ、大丈夫!? 痛くない!? 苦しくない!?」


「落ち着け」


 ペケが僅かに眉を寄せる。


「近い」


「っ……!」


 ヒオリの顔がまた赤くなる。


 だが次の瞬間。


 ペケが小さく息を吐いた。


「……無事でよかった」


 静かな声。


 けれど。


 本当に安心したみたいな声音だった。


 ヒオリの胸が強く脈打つ。


 そして。


 ペケはゆっくり彼女の手を見る。


 いつの間にか。


 ヒオリは彼の手を握ったままだった。


「……あ」


 ヒオリが固まる。


 離そうとする。


 だが。


 その瞬間。


 ペケの指が、僅かに握り返した。


「……まだ離すな」


 低い声。


 その一言だけで。


 ヒオリの心臓は壊れそうなくらい跳ねた。

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