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第26話 夜明けのあと

 黒霧が消えていく。


 崩れかけていた空間断裂は、蒼銀と灰銀の光に包まれながら静かに閉じ始めていた。


 星喰いの絶叫が遠ざかる。


『灰銀……』


『星霊……』


『次こそは――』


 最後の声。


 そして。


 巨大な門は、完全に閉じた。


 静寂。


 夜空へ、本来の星々が戻ってくる。


 誰も動けなかった。


 あまりにも現実離れした戦いだったから。


「……終わった?」


 騎士科の誰かが呟く。


 学院長はしばらく答えられなかった。


 ただ空を見上げていた。


 やがて。


「……ああ」


 掠れた声。


「ひとまずは、な」


 その瞬間。


 学院中から歓声と安堵の声が溢れた。


「助かった……!」


「生きてる……!」


「黒霧が消えていくぞ!」


 泣き崩れる者もいる。


 抱き合う者もいる。


 それほどまでに絶望的な状況だった。


 だが。


 空中では。


 一つの問題が残っていた。


「……っ」


 ペケの身体が揺れる。


 灰銀魔力が急激に不安定化していた。


「ペケ!」


 ヒオリが目を見開く。


 次の瞬間。


 ペケの身体から光が弾けた。


 反動。


 無理やり引き出した古代術式の代償。


「殿下!!」


 アルトが叫ぶ。


 だが間に合わない。


 ペケの身体が空から落ちる。


「っ――!」


 ヒオリは考えるより先に動いていた。


 蒼銀の星光を纏い、空中へ飛び出す。


「ヒオリ様!?」


 ミリアが青ざめる。


 だが。


 ヒオリは落下するペケを抱き締めた。


 強く。


 絶対離さないみたいに。


「……ぺけ」


 呼びかける。


 反応はない。


 灰銀の瞳は閉じられたままだ。


 その瞬間。


 ヒオリの胸が強く痛んだ。


 怖い。


 もしこのまま目を覚まさなかったら。


 そんな考えが頭を過ぎった瞬間。


「……泣くな」


 掠れた声。


 ヒオリが目を見開く。


 ペケだった。


 薄く目を開けている。


「っ……!」


 ヒオリの瞳に涙が滲む。


「ば、馬鹿……!」


 思わず声が震えた。


「なんでそんな無茶するの……!」


「……お前もな」


「私はいいの!」


「良くない」


 弱々しいのに。


 その声は妙に優しかった。


 ヒオリは唇を噛む。


「死ぬかと思った……」


「死なない」


「嘘」


「……多分」


「多分って何よ……!」


 泣き笑いみたいな声になる。


 すると。


 ペケがほんの少しだけ笑った。


 本当に微かに。


 でも確かに。


「……その顔」


 掠れた声。


「やめろ」


「え?」


「心臓に悪い」


 ヒオリが固まる。


 次の瞬間。


 顔が真っ赤になった。


「な、何言ってるのよこんな時に!?」


「……本音だ」


 その瞬間。


 下で見ていたアイリスが盛大に吹き出した。


「うわ、ついに言った」


「黙れアイリス」


 フィリップが額を押さえる。


 セレスティアは小さく苦笑した。


 レオンハルトは複雑そうに空を見上げている。


 そして。


 ミリアだけは静かに息を吐いた。


「……終わりましたね」


 隣で、アステリアが小さく首を振る。


「いいえ」


 翡翠の瞳が夜空を見つめる。


「始まったのです」


「え?」


「星が再び動き出しました」


 アステリアの視線が、ヒオリとペケへ向く。


「もう世界は、二人を放っておかない」


 その言葉に。


 学院長も静かに目を閉じた。


 星霊。


 灰銀。


 星喰い。


 古代災厄。


 全てが繋がってしまった。


 そして。


 今夜の戦いは確実に、大陸全土へ広がっていく。


「……忙しくなるな」


 フィリップが苦笑する。


「帝国議会が頭抱えるぞ」


「王国側も同じです」


 レオンハルトがため息を吐いた。


「各国が動くでしょうね」


「当然だろ」


 ルシアンだけは楽しそうに笑っていた。


「だって、“運命の二人”が揃ってしまったんですから」


 その言葉に。


 ヒオリの胸が小さく跳ねる。


 運命。


 そんなもの、信じていなかった。


 でも。


 隣で静かに呼吸している灰銀の王子を見ていると。


 もしかしたら。


 本当に、昔から決まっていたのかもしれない。


 そう思ってしまった。


 夜が終わる。


 そして。


 新しい物語が、静かに動き始めていた。

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