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第21話 灰銀の覚悟

 空間断裂から現れた“黒い腕”は、学院上空を覆い尽くすほど巨大だった。


 禍々しい。


 ただ存在するだけで、空気が腐っていく。


「……っ」


 多くの生徒が膝をつく。


 恐怖。


 本能が理解してしまう。


 あれは、生き物ではない。


 “災厄”そのものだ。


「星喰い……」


 学院長が苦々しく呟く。


「まだ完全顕現前だというのに、この圧か」


 その時。


 黒い腕がゆっくり動いた。


 まるで獲物を探すように。


 そして。


 真っ直ぐヒオリへ向く。


「っ!」


 ミリアの顔色が変わる。


「やはり狙いは――」


「アルト」


 ペケが低く言う。


「ヒオリを連れて南塔へ」


「しかし!」


「命令だ」


 アルトが歯を食いしばる。


 だが従うしかない。


「……御武運を」


 ペケは答えない。


 ただヒオリを抱き締める腕だけが、一瞬だけ強くなった。


 その瞬間。


 意識の薄いヒオリが、小さく目を開ける。


「……ぺ、け」


「喋るな」


 低い声。


 だが優しかった。


「すぐ終わらせる」


 まるで。


 本当に大したことではないみたいに。


 ヒオリの胸が痛む。


 この人は、また一人で背負おうとしている。


 夢と同じだ。


「……やだ」


 掠れた声。


 ペケの瞳が揺れる。


「一人で、行かないで……」


 その言葉に。


 周囲の空気が一瞬止まった。


 フィリップが静かに目を細める。


 セレスティアは小さく視線を落とした。


 そして。


 ペケだけが、言葉を失っていた。


「……」


 ヒオリの細い指が、彼の制服を掴む。


 弱々しい。


 なのに、離れられなくなるほど強い。


「……死なないで」


 その瞬間。


 ペケの中で、何かが切れた。


 黒い感情。


 怒り。


 焦燥。


 恐怖。


 全部が静かに燃え始める。


「……分かった」


 掠れた声。


「だから、お前も死ぬな」


 ヒオリの瞳が僅かに揺れる。


 次の瞬間。


 ペケはアルトへヒオリを託した。


「絶対に離すな」


「……はっ」


 アルトが真剣な顔で頷く。


 すると。


 黒い腕が動いた。


 巨大な指先が、学院ごと潰そうとするように降ってくる。


「来るぞ!!」


 学院長が叫ぶ。


 その瞬間。


 ペケが前へ出た。


 灰銀の魔力が爆発する。


 空気が凍る。


 床が軋む。


「――っ!?」


 レートが息を呑む。


「なんだ、この魔力量……!」


 今までとは桁が違う。


 静かな吹雪だった魔力が、今や嵐になっていた。


 灰銀の光が、彼の全身へ刻印のように走る。


「まさか……」


 アステリアが目を見開く。


「半覚醒……?」


 ペケはゆっくり剣を構える。


 その姿は、どこか人間離れしていた。


 冷たい。


 鋭い。


 そして。


 悲しいほど孤独だ。


「ペケ!!」


 フィリップが叫ぶ。


「それ以上は身体が持たん!」


「関係ない」


 短い返答。


 その瞬間。


 ペケが消えた。


 ――轟。


 音を置き去りにする速度。


 一瞬で空中へ跳び上がる。


 そして。


 巨大な黒腕へ、灰銀の剣が叩き込まれた。


 斬撃。


 ではない。


 空間ごと裂くような一撃。


 ――ギィィィィィィィィィ!!


 黒い腕が絶叫した。


 裂ける。


 崩れる。


 学院上空へ黒い血が降り注ぐ。


「斬った……!?」


 セオドアが絶句する。


 SS級災厄存在。


 その一部を。


 たった一人で。


 ペケは空中で静かに着地した。


 だが。


 その口元から、赤い血が流れている。


「ペケ殿下!」


 セレスティアが顔色を変える。


 無理もない。


 今の力は明らかに異常だった。


 人間の器を超えている。


「……まだだ」


 ペケは血を拭いもしない。


 灰銀の瞳は、空を睨み続けている。


 すると。


 裂けた黒腕の奥。


 空間断裂のさらに深部で。


 “何か”が目を開いた。


 巨大な黄金の瞳。


 世界そのものみたいな圧。


 全員が凍り付く。


 そして。


 その瞳が、ゆっくり笑った。


『――見つけた』


 声。


 いや。


 世界へ直接響く“意志”。


『星の器』


 学院全体が震える。


 ヒオリの胸元が激しく脈打つ。


 星霊魔法が悲鳴を上げていた。


『ようやく、届く』


 その瞬間。


 黒霧が爆発的に膨れ上がった。


 学院の空が、完全に闇へ染まり始める。


 そして。


 ペケだけが、静かに剣を握り直した。


 たとえ相手が世界そのものでも。


 その瞳に、退く意思は一切なかった。

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