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第20話 星が落ちる夜

「ヒオリ!!」


 ミリアの叫び声が響く。


 崩れ落ちるヒオリを抱き留めたまま、ペケは表情を歪めていた。


 灰銀の瞳が揺れている。


 冷静だった第二皇子の仮面が、完全に剥がれていた。


「おい、しっかりしろ」


 ヒオリの頬へ触れる。


 冷たい。


 魔力消耗だけではない。


 生命力そのものが削れている感覚。


「……星霊魔法の反動か」


 学院長の声が重く落ちる。


 その顔には明確な焦りがあった。


「馬鹿な出力だ……こんなもの、人間が扱える量ではない」


「助かるんですか」


 レオンハルトが低く問う。


 学院長は即答できなかった。


 その沈黙だけで十分だった。


「……っ」


 ペケの空気が変わる。


 冷気。


 いや、怒りだ。


 静かだった灰銀の魔力が、吹雪のように荒れ始める。


「おいおい……」


 アイリスが珍しく真顔になる。


「ペケ」


「……黙ってろ」


 低い声。


 今まで誰も見たことがないほど、感情が滲んでいた。


 すると。


 空の魔竜が再び咆哮する。


 学院結界が軋む。


 黒霧はさらに広がっていた。


「まだ終わってない!」


 フィリップが叫ぶ。


「学院長! 結界が持ちません!」


「分かっている!」


 その時だった。


 アステリアが静かに前へ出る。


 銀髪が星光を反射する。


「……星が落ち始めています」


 誰も言葉を返せない。


 エルフ王女の声には、確信があった。


「この魔竜は“前触れ”です」


「本命は別にいる」


 その瞬間。


 学院北部の空間断裂が、さらに広がった。


 黒い亀裂。


 その奥から、“巨大な瞳”のようなものが覗く。


 全員の背筋が凍った。


 見てはいけないものを見た感覚。


 存在するだけで本能が警告する。


「……っ」


 ルシアンですら笑みを消した。


「なんだ、あれは」


 アステリアが静かに答える。


「“星喰い”」


 空気が止まる。


「古代災厄戦争で世界を滅ぼしかけた存在」


「SS級災厄指定」


「本来、この時代へ現れてはならないものです」


 学院長の顔色が変わった。


「馬鹿な……封印はまだ――」


「弱まっています」


 アステリアの翡翠の瞳が細められる。


「だから星霊が目覚め始めた」


 その視線が、ヒオリへ向く。


 ペケの腕の中。


 意識を失った星詠み姫。


「彼女が鍵なのです」


 その瞬間。


 ペケの空気が凍った。


「……どういう意味だ」


 低い声。


 アステリアは静かに答える。


「星霊魔法は、“星喰い”封印術式の核です」


「古代エルフと人類王家が残した最後の楔」


「ヒオリ様がいる限り、封印は完全には崩れない」


 レオンハルトが目を見開く。


「なら狙いは……!」


「ええ」


 アステリアが空を見る。


「最初から、ヒオリ様です」


 次の瞬間。


 魔竜が咆哮した。


 黒炎が再び集束する。


 だが今度は違う。


 狙いが一直線にヒオリへ向いていた。


「チッ――!」


 フィリップが飛び出す。


 レオンハルトも剣を抜く。


 アイリスが双剣を構え。


 セレスティアが水壁を展開。


 全員が同時に動く。


 だが。


 一番速かったのは、やはりペケだった。


 彼はヒオリを抱き上げる。


 まるで壊れ物を扱うみたいに。


「アルト」


「はっ」


「ヒオリを連れて下がれ」


 アルトが目を見開く。


「殿下は」


「俺が止める」


 静かな声。


 だが決定事項だった。


「無茶です!」


 セオドアが叫ぶ。


「相手はSS級災厄反応ですよ!?」


「だからどうした」


 ペケが振り返る。


 灰銀の瞳。


 その奥には、静かな狂気すら宿っていた。


「ヒオリへ届く前に、全部斬る」


 その言葉に。


 全員が息を呑む。


 狂っている。


 だが。


 なぜか不可能には聞こえなかった。


 ペケ・ヴァルディア。


 灰銀の王子。


 この男は本当に、それをやりかねない。


「……本当に馬鹿ですね」


 セレスティアが小さく呟く。


 だがその声音は、どこか優しかった。


「昔からそうでした」


 フィリップが苦笑する。


「こいつは、一度守ると決めた相手のためなら死ぬ」


 ルシアンだけが静かに笑っていた。


「ええ」


 金眼が細められる。


「だから面白い」


 その瞬間。


 空が裂けた。


 巨大な黒い腕が、空間断裂から現れる。


 学院全体が揺れる。


 悲鳴。


 絶望。


 だが。


 ペケだけは、前を向いていた。


 灰銀の剣を握り締めながら。


 そして。


 意識を失いかける中。


 ヒオリは最後に、小さく彼の名を呼んだ。


「……ぺ、け……」


 その声を聞いた瞬間。


 ペケの瞳が、ほんの僅かに揺れた。


 まるで。


 世界の終わりより、その声の方が大事だと言うみたいに。

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