第19話 灰銀の剣
黒炎が学院を呑み込む。
轟音。
熱風。
砕け散る石壁。
だがその中心で。
灰銀の魔力だけが、異様なほど静かだった。
ペケ・ヴァルディア。
彼は魔竜の前へ、一人で立っている。
「下がれ」
低い声。
だが誰も反論できなかった。
その背中には、圧倒的な“強者”の空気があった。
「おいおい……」
レートが引き攣った笑みを浮かべる。
「本気で一人でやる気かよ」
「無茶です!」
セオドアが叫ぶ。
「相手はSランク上位個体――」
だが。
次の瞬間。
ペケが踏み込んだ。
――轟。
床が砕ける。
灰銀の閃光。
誰の目にも追えない速度。
「なっ――」
魔竜の首元へ、一瞬で剣閃が走る。
黒い鱗が裂け、血飛沫が舞った。
魔竜が絶叫する。
だがペケは止まらない。
静かに。
冷たく。
まるで吹雪のような連撃。
「速すぎる……!」
フィリップですら目を見開く。
ペケの剣は異常だった。
力任せではない。
最小動作。
最短軌道。
無駄が一切ない。
まるで“殺すためだけ”に完成された剣。
「……灰銀剣術」
アステリアが小さく呟く。
「やはり継いでいるのですね」
「知っているのか?」
ルシアンが目を細める。
アステリアは静かに頷いた。
「古代帝国時代より続く、対災厄戦闘術式」
「本来は“星喰い”を殺すための剣」
その言葉に。
学院長の表情が変わる。
「まさか……ヴァルディアはまだ保持していたのか」
フィリップは無言だった。
だがその金眼には複雑な色が浮かんでいる。
一方。
ヒオリは息を呑んでいた。
綺麗だった。
恐ろしいほどに。
ペケの剣は、まるで夜空を裂く流星みたいだった。
けれど。
その姿はどこか危うい。
一人で全部を背負い込むような戦い方。
胸が苦しくなる。
「……また」
夢と同じだ。
あの人は。
いつも一人で戦っている。
その時だった。
魔竜の全身が黒く脈動する。
「まずい!」
学院長が叫ぶ。
「核暴走だ!」
次の瞬間。
魔竜の口内へ、黒い魔力が収束し始めた。
空間が歪む。
空気が軋む。
「全員、防御結界!!」
教授陣が一斉に魔法陣を展開する。
だが。
間に合わない。
圧縮されている魔力量が桁違いだった。
「ペケ!!」
フィリップが叫ぶ。
しかし。
ペケは逃げなかった。
ただ静かに剣を構える。
灰銀の瞳。
そこに恐怖はない。
まるで。
死ぬことすら覚悟済みみたいな目。
「……やめて」
ヒオリの口から、思わず声が漏れる。
嫌だ。
その顔を知っている。
夢の中と同じだ。
全部一人で背負って壊れていく人の顔。
「ペケ!!」
ヒオリが叫んだ瞬間。
星霊魔法が暴走した。
蒼白い光が、彼女の身体から溢れ出す。
「っ――!?」
室内全員が目を見開く。
星光。
いや、違う。
もっと古く、神秘的な何か。
無数の星粒がヒオリの周囲へ舞い始める。
「ヒオリ様!?」
ミリアが青ざめる。
だが止まらない。
ヒオリの蒼い瞳が、星空みたいに輝いていた。
『――星よ』
自然と言葉が零れる。
本人すら理解していない。
けれど。
身体が知っていた。
『彼を、守って』
次の瞬間。
巨大な星光結界が展開された。
蒼銀の光が、ペケの前へ広がる。
そして。
魔竜の黒炎砲が直撃した。
――轟!!!!!!
世界が白く染まる。
衝撃波。
爆風。
学院全体が揺れる。
だが。
蒼い星光は、砕けなかった。
「……あり得ない」
学院長が絶句する。
Sランク上位魔竜の砲撃。
本来なら都市防壁すら吹き飛ばす一撃。
それを。
ヒオリの星霊魔法が、防ぎ切っていた。
「っ……あ……!」
だが代償も大きい。
ヒオリの身体が崩れ落ちる。
「ヒオリ!」
ミリアが駆け出す。
しかし。
その前に。
ペケがいた。
彼は一瞬でヒオリの元へ戻り、その身体を抱き留める。
「……馬鹿」
低い声。
けれど震えていた。
「何をした」
「だって……」
ヒオリの視界はぼやけている。
苦しい。
星霊魔法を無理やり使った反動だ。
でも。
ペケが無事だった。
それだけで少し安心してしまう。
「あなたが……死にそうな顔するから」
その瞬間。
ペケの瞳が揺れた。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
壊れそうなほど。
苦しそうに。
「……そんな顔、していたか」
掠れた声。
ヒオリは答えられない。
もう意識が遠い。
ただ最後に見えたのは。
自分を抱き締める灰銀の王子の、あまりにも必死な顔だった。
そして。
遠くで。
ルシアン・ヴァルディアだけが、静かに笑っていた。
「やはり」
金眼が細められる。
「星は、第二皇子へ堕ちるのですね」




