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第16話 古代災厄

 赤い光点が脈打つ。


 中央魔法陣に映し出された大陸地図。


 その各地で、Sランクダンジョンを示す光が不気味に明滅していた。


 講義室の空気が重い。


 誰も軽口を叩かない。


 王族も。


 貴族も。


 全員が学院長の言葉を待っていた。


「……これは」


 レオンハルトが静かに呟く。


「最近の異常反応ですか」


「そうだ」


 学院長ケン・アルディウスは頷く。


「半年で活動係数が三倍に増加している」


「三倍……?」


 室内がざわつく。


 Sランクダンジョン。


 それは国家一つを滅ぼし得る災厄領域。


 そんな場所が同時に活性化しているなど、異常以外の何物でもない。


「各国は現在、水面下で対応を進めている」


 学院長は続ける。


「だが現時点で原因は不明」


「唯一分かっているのは――」


 学院長の杖が動く。


 地図中央。


 世界北西部に位置する黒い領域が拡大された。


 そこには巨大な裂け目のような模様。


「“黒霧現象”の発生地点が、全て古代災厄期遺跡と一致していることだ」


 ヒオリの背筋が寒くなる。


 黒霧。


 最近になって各地で確認され始めた異常現象。


 霧が発生した地域では魔力が乱れ、魔物が狂暴化し、一部では住民失踪まで起きている。


「星録の民には伝承が残っています」


 静かに口を開いたのは、アステリアだった。


 全員の視線が彼女へ向く。


 エルフ王女はゆっくり立ち上がる。


 銀髪が揺れた。


「古代災厄戦争末期」


「世界には、“空が落ちた日”が存在したと」


 室内が静まり返る。


「空が……落ちた?」


 誰かが掠れた声で呟く。


 アステリアは静かに頷いた。


「星が狂い」


「大地が裂け」


「魔力そのものが暴走した時代」


 その声は穏やかだった。


 だが。


 まるで実際に見てきたような響きがあった。


「当時、世界は滅びかけました」


「多くの国が消え」


「多くの種族が絶滅した」


「そして、その中心にいたのが――」


 アステリアの翡翠の瞳が、ゆっくりヒオリへ向く。


 その瞬間。


 ヒオリの胸元が熱を持った。


「っ……!」


 痣が脈打つ。


 頭の奥で、何かが囁く。


 星がざわめいている。


 すると次の瞬間。


 ペケが自然にヒオリの前へ立った。


 まるで庇うように。


「……ペケ殿下?」


 セレスティアが小さく目を見開く。


 ペケ自身、無意識だった。


 ただ本能的に動いていた。


 ヒオリの魔力が危険なほど乱れている。


 それだけは分かった。


「深呼吸しろ」


 低い声。


 ヒオリは小さく頷く。


 不思議だった。


 この人の声を聞くと、星霊魔法の暴走が少しだけ落ち着く。


「……ありがとうございます」


 小さな声。


 ペケは答えない。


 ただ静かに前を見据えている。


 その様子を、ルシアン・ヴァルディアは後方席から興味深そうに眺めていた。


「へぇ……」


 金眼が細められる。


「面白いですね」


 その呟きに、フィリップが眉を寄せた。


「何を見ている」


「別に?」


 ルシアンは笑う。


「ただ、“星”が動き始めた気がしまして」


 フィリップは何も答えない。


 だが視線は鋭くなっていた。


 一方。


 学院長は静かに全員を見渡す。


「諸君らを呼んだ理由は一つだ」


「今後、学院はSランクダンジョン調査へ学生代表を同行させる」


 空気が変わった。


「……は?」


 レートが素で声を漏らす。


「正気ですか学院長」


「無論正気だ」


「Sランクですよ?」


「だからだ」


 学院長の声が低くなる。


「これから先、諸君らは必ず“世界規模の災厄”へ関わる」


「その時、何も知らぬままでは死ぬ」


 重い沈黙。


 誰も反論できない。


 学院長の言葉には現実味があった。


「最初の調査対象は、ヴァルディア帝国北方Sランクダンジョン――“黒冠の奈落”」


 その名が出た瞬間。


 室内の空気が張り詰めた。


 黒冠の奈落。


 世界で三つ確認されているSランクダンジョンの一つ。


 未だ最深部到達者なし。


 帝国ですら完全制圧できていない災厄領域。


「参加メンバーは学院側で選定する」


 学院長の視線が、一人ずつを見ていく。


 ペケ。


 アステリア。


 セレスティア。


 レオンハルト。


 そして。


 ヒオリ。


「特に」


 学院長の瞳が細められる。


「星霊魔法保持者については、今後最優先で保護・監視対象となる」


 ヒオリの呼吸が止まりそうになる。


「……え」


 保護。


 監視。


 つまり。


 学院側は、完全に気付いている。


 星霊魔法の存在に。


 その時だった。


 突然。


 講義室全体が激しく揺れた。


「――っ!?」


 悲鳴が上がる。


 天井の魔導灯が明滅する。


 次の瞬間。


 中央魔法陣の赤い光点が、一斉に黒へ染まった。


 警報音。


 耳を裂くような音が室内へ響き渡る。


『緊急警報』


『学院北部魔力反応異常』


『高濃度魔物発生確認』


『繰り返す――』


 空気が凍る。


 学院長の顔色が変わった。


「馬鹿な……このタイミングで?」


 その瞬間。


 ヒオリの視界に、また“未来”が流れ込む。


 黒い霧。


 崩れる学院。


 そして。


 血に染まった誰かの背中。


「っ……!」


 ヒオリがふらつく。


 同時に。


 ペケが即座に彼女を支えた。


 灰銀の瞳が鋭く細められる。


「……来るぞ」


 低い声。


 その瞬間。


 学院全体へ、重い鐘の音が鳴り響いた。


 ――災厄警鐘。


 王立アルカディア学院始まって以来。


 滅多に鳴らされない、緊急戦闘警報だった。

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