第15話 特別合同講義
午後。
王立アルカディア学院中央研究棟。
普段は上級研究員と教授陣しか立ち入れないその区域には、異様な緊張感が漂っていた。
白い石壁。
幾重にも刻まれた封印術式。
廊下に浮かぶ青白い魔導灯。
まるで王宮地下書庫のような静けさだった。
「……ここ、本当に学院なの?」
ヒオリは小さく呟いた。
隣を歩くミリアも、珍しく周囲へ警戒を向けている。
「研究棟最奥区画ですね」
「最奥?」
「古代魔導研究や、危険指定魔法理論が保管されている区域です」
その説明に、ヒオリの胸がざわついた。
星霊魔法。
学院長は確かに、そう言った。
つまり今日の講義は、普通ではない。
「緊張してる?」
突然後ろから声が飛ぶ。
振り返ると、アイリスだった。
いつものように気怠げに笑っている。
「アイリスさん」
「そんな硬い顔するなよ。別に処刑場じゃない」
「その例えで安心できる人いるの?」
「いないな」
アイリスは肩を竦めた。
その後ろにはアルトとセオドアの姿もある。
そして。
少し離れた場所。
ペケが静かに立っていた。
灰銀の瞳が、一瞬だけヒオリを見る。
「……」
胸が跳ねる。
だが今朝の女子寮騒動を思い出し、ヒオリは慌てて視線を逸らした。
そんな彼女を見て、アイリスが吹き出す。
「おー、意識してる意識してる」
「ち、違っ……!」
「否定が雑」
ヒオリの顔が赤くなる。
すると。
「アイリス」
ペケの低い声。
「はいはい」
アイリスは楽しそうに両手を上げた。
その時。
重厚な扉が静かに開く。
「入りなさい」
ケン・アルディウス学院長だった。
室内は広い円形講義室になっていた。
中央には巨大な魔法陣。
天井には星図。
壁際には古代文字が刻まれている。
そして。
すでに何人かの王族・代表学生が集まっていた。
アステリア。
セレスティア。
レオンハルト。
さらに他国の王族や研究科上位生までいる。
「全員揃ったようだな」
学院長が杖を鳴らす。
室内の魔法陣が淡く光った。
「本日の講義は特別授業だ」
「テーマは――“星録と古代災厄”」
その瞬間。
空気が変わる。
ヒオリの胸元が熱を持った。
星霊魔法が反応している。
「……っ」
ペケの視線が即座にヒオリへ向く。
また気付かれた。
だが今は、それどころではなかった。
学院長は続ける。
「諸君らも知っての通り、近年ダンジョン活性化が進んでいる」
「だがこれは、単なる魔物増加ではない」
杖が動く。
中央魔法陣に、大陸地図が浮かび上がった。
各地に赤い光点。
それはダンジョン位置を示している。
「八つのSランクダンジョン」
「そして、未確認の二つのSS級災厄領域」
ざわめきが起きる。
SS。
伝承存在。
誰も場所を知らない“世界終焉級ダンジョン”。
「問題は」
学院長の声が低くなる。
「最近、その封印反応が活性化していることだ」
室内が静まり返る。
ヒオリの呼吸が浅くなる。
夢。
崩れる星空。
血に染まる世界。
胸が嫌なほどざわついた。
「数百年前」
学院長が静かに続ける。
「世界は一度滅びかけている」
その言葉に、多くの学生が息を呑んだ。
「古代災厄戦争」
「星録の民ですら詳細を語らない時代」
学院長の視線が、アステリアへ向く。
エルフ王女は静かに目を閉じていた。
「そしてその時代、中心に存在したのが――」
学院長の杖が動く。
空中へ、一つの紋章が浮かび上がる。
砕けた星を模した紋章。
その瞬間。
ヒオリの視界が揺れた。
「っ……!」
頭痛。
耳鳴り。
星霊魔法が暴走しかける。
すると次の瞬間。
横から誰かの手が伸びた。
ペケだった。
彼は自然な動作で、ヒオリの腕を支える。
「落ち着け」
低い声。
その瞬間、不思議と呼吸が戻る。
室内の視線が一斉に二人へ向いた。
ヒオリは一瞬で顔が熱くなる。
「だ、大丈夫……!」
「全然大丈夫そうに見えませんが」
アイリスが即座に突っ込む。
セレスティアは静かに二人を見ていた。
アステリアの翡翠の瞳も、じっとヒオリを見つめている。
そして。
レオンハルトだけが、少し苦しそうに目を伏せた。
「……やはり」
小さな呟き。
誰にも聞こえないほど小さい声。
学院長はその全てを見ていた。
灰銀の王子。
星詠み姫。
星録の王女。
蒼海の王女。
そして古代災厄。
静かに。
確実に。
世界の歯車が動き始めている。
「本来なら」
学院長が静かに告げる。
「この話を学生へ共有する予定はなかった」
「だが、もう猶予がない」
その瞬間。
中央魔法陣の赤い光点が、一斉に脈打った。
まるで。
何かが目覚め始めているように。




