♦第三章 静かな熱 第12話 ミリアの疑惑
親善祭二日目の朝。
王立アルカディア学院女子寮は、朝から騒がしかった。
「ねぇ見た!? 昨日の!」
「見た見た! 絶対そうだったわよね!?」
「灰銀の王子が星詠み姫を……!」
食堂。
廊下。
談話室。
どこへ行っても同じ話題が飛び交っている。
ヒオリ・リュミエールは、静かに頭を抱えたくなっていた。
「……どうしてこうなるの」
「昨日の時点で予想はしていました」
向かい側で紅茶を注ぎながら、ミリアが平然と言う。
女子寮専用食堂。
朝の日差しが白い窓辺を照らしていた。
「ただ予想以上ですね」
「予想してたなら止めてほしかったわ……」
「止まりましたか?」
「……止まらなかったと思う」
「でしょうね」
ミリアは即答した。
ヒオリはぐったり机へ突っ伏したくなる。
周囲からちらちら視線を感じる。
しかもただの噂ではない。
「ねぇ、昨日庭園で二人きりだったって本当?」
「星詠み姫、顔真っ赤だったらしいわよ」
「でも婚約者いるのに……」
小声。
けれど全部聞こえる。
ヒオリは羞恥で耳まで赤くなっていた。
「……穴があったら入りたい」
「残念ながら学院施設に地中避難壕はありません」
「そういう意味じゃないの」
ミリアは小さくため息を吐いた。
だがその視線は、どこか真剣だった。
昨夜。
庭園から戻ってきたヒオリは明らかに様子がおかしかった。
呼吸。
脈。
魔力の揺れ。
そして何より。
――あの顔。
ミリアは長年ヒオリを見てきた。
だから分かる。
あれはただの興味ではない。
「ヒオリ様」
「なぁに……」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
ヒオリが顔を上げる。
ミリアは静かだった。
穏やかな笑顔。
だが逃げ道を塞ぐ時の顔でもある。
「昨日、ペケ殿下と何をお話されたのです?」
「えっ」
ヒオリの肩が跳ねた。
「そ、それは……普通のお話よ?」
「どのような?」
「星とか……」
「星」
「……」
ミリアの目が細くなる。
ヒオリは視線を逸らした。
まずい。
完全に怪しまれている。
「ヒオリ様」
静かな声。
「まさかとは思いますが、星霊魔法について何か――」
「言ってない!」
ヒオリは慌てて否定した。
「そ、そこまでは何も……!」
「“そこまでは”」
「……っ」
しまった。
ミリアがゆっくりカップを置く。
「つまり、何かはあったのですね」
「ミリア……」
「ヒオリ様」
穏やかな声。
けれど真剣だった。
「ペケ殿下は危険です」
「……」
「人柄ではありません。立場です」
ヒオリは黙り込む。
ミリアは続けた。
「ヴァルディア帝国第二皇子」
「しかも帝国皇位継承権保持者」
「その方へ不用意に近づけば、確実に政治へ巻き込まれます」
「分かってるわ」
「本当に?」
ヒオリは言葉を失った。
分かっている。
分かっているはずなのに。
ペケと話していると、その“当たり前”を忘れそうになる。
静かな声。
孤独そうな瞳。
あの人は、ただ怖い皇子ではない。
そう思ってしまった。
「……ヒオリ様」
ミリアの声が少しだけ柔らかくなる。
「貴女は優しい方です」
「え?」
「だから、壊れそうな人を見ると放っておけない」
ヒオリの胸が跳ねた。
図星だった。
夢の中で見た。
崩れる世界の中、一人立っていた灰銀の王子。
あの姿が頭から離れない。
「ですが」
ミリアは静かに続ける。
「その優しさで、貴女自身が壊れてはいけません」
その言葉に、ヒオリは返せなかった。
その時だった。
突然、女子寮食堂がざわつく。
「えっ?」
「うそ……」
「なんで男子がここに……?」
ヒオリたちも顔を上げる。
入口側。
そこにいたのは、一人の青年だった。
銀灰色の髪。
黒い学院制服。
静かな灰銀の瞳。
ペケ・ヴァルディア。
「……え?」
ヒオリの思考が止まる。
なぜここに。
女子寮だ。
しかも朝。
周囲の女子生徒たちは完全に騒然としていた。
「灰銀の王子!?」
「本物!?」
「待って無理……!」
だがそんな周囲を気にする様子もなく、ペケは真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
ヒオリの心臓が暴れ始めた。
ミリアが静かに目を細める。
そして。
ペケはヒオリたちのテーブル前で立ち止まった。
「……朝から騒がせてすまない」
低い声。
食堂が完全に静まり返る。
ヒオリは何とか声を絞り出した。
「ぺ、ペケ殿下……?」
「学院長から伝言だ」
「学院長?」
「本日午後。王族・代表学生を集めた特別合同講義がある」
ペケは短く告げる。
「お前も呼ばれている」
「わ、私が?」
「星霊魔法研究関連だそうだ」
その瞬間。
ヒオリとミリアの表情が変わった。
星霊魔法。
その単語を学院側が出してきた。
つまり。
学院は何かを知っている。
ペケはそんな二人を静かに見つめる。
そして。
「……無理はするな」
昨夜と同じ言葉を残し、彼は踵を返した。
食堂出口へ向かって歩いていく。
静まり返った女子寮食堂。
数秒後。
爆発した。
「きゃあああああ!?」
「今の何!?!?」
「“無理はするな”って言った!?」
「完全に特別扱いじゃない!?」
ヒオリは顔を真っ赤にした。
「ち、違っ……!」
だがその隣で。
ミリアだけは笑っていなかった。
静かに。
本当に静かに。
彼女はペケが去っていった方向を見つめていた。
「……やはり」
小さな呟き。
ミリア・ノルフェルトは理解し始めていた。
ペケ・ヴァルディア。
あの第二皇子は。
ヒオリの運命を、大きく変えてしまう存在なのだと。




