第117話 帰還航路
蒼黒の瞳が、空に浮かんでいた。
◇◇◇
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
◇◇◇
だが。
ヒオリは確かに見た。
◇◇◇
「っ……」
◇◇◇
次の瞬間には消えている。
空は、ただの青空へ戻っていた。
◇◇◇
「今の……」
アイリスが青ざめる。
◇◇◇
セラは、小さく震えていた。
◇◇◇
「まだ、繋がってる……」
◇◇◇
その言葉に。
アステリアの顔が険しくなる。
◇◇◇
「完全閉鎖じゃないのね」
◇◇◇
『肯定』
ノアが静かに答える。
◇◇◇
『空門は物理閉鎖を確認』
『しかし“観測接続”が残存しています』
◇◇◇
「観測接続?」
ガブが首を傾げた。
◇◇◇
『簡単に説明します』
『現在こちらは、“見られている状態”です』
◇◇◇
「簡単に怖いこと言わないで!?」
◇◇◇
アマカーラが頭を抱える。
◇◇◇
その時。
ヒオリの腕の中で、ペケが小さく息を吐いた。
◇◇◇
「……ぺけ?」
◇◇◇
反応はない。
眠っている。
だが。
侵食は止まったままだった。
◇◇◇
『侵食率固定確認』
『現時点で生命維持は安定しています』
◇◇◇
「よかったぁ……」
ガブがその場へ座り込む。
◇◇◇
「ほんと心臓に悪いって……」
◇◇◇
「ガブ様」
ミーチーが静かにハンカチを差し出した。
◇◇◇
「泣いてますよ」
◇◇◇
「泣いてないし!?」
言いながら、普通に涙目だった。
◇◇◇
少しだけ。
空気が緩む。
◇◇◇
だが。
ヒオリだけは、まだ不安を消せなかった。
◇◇◇
ペケの右腕。
そこに残る、黒い侵食痕。
◇◇◇
まるで。
空間そのものが焼き付いたみたいに。
◇◇◇
「……治るよね」
小さな声。
◇◇◇
誰も、すぐには答えられなかった。
◇◇◇
その沈黙を破ったのは、アステリアだった。
◇◇◇
「王都へ戻れば、“星録院”を使えるかもしれない」
◇◇◇
「星録院?」
レートが振り返る。
◇◇◇
「星録時代の遺産管理施設よ」
アステリアが静かに言う。
◇◇◇
「空間汚染や星霊災害の記録も残ってるはず」
◇◇◇
「つまり希望はあるってこと?」
アイリスが聞く。
◇◇◇
アステリアは頷いた。
◇◇◇
「……ゼロじゃない」
◇◇◇
その言葉に。
ヒオリは、ぎゅっとペケの手を握った。
◇◇◇
「絶対、治そうね」
◇◇◇
返事はない。
でも。
その手はまだ温かかった。
◇◇◇
アルカディアは、静かに空を進む。
◇◇◇
王都アルディアへ。
戦いを終えた帰還航路。
◇◇◇
その頃。
◇◇◇
ヴァルディア帝国。
皇城地下深部。
◇◇◇
暗闇の中。
黄金の瞳が、静かに開いていた。
◇◇◇
『……空王が退いたか』
◇◇◇
低い声。
◇◇◇
その周囲には。
無数の黒い棺が並んでいる。
◇◇◇
『ならば次は』
◇◇◇
ギィ――――……
◇◇◇
一つの棺が、ゆっくり開いた。
◇◇◇
中から。
蒼灰色の手が、静かに現れる。
◇◇◇
『灰銀を壊せ』
◇◇◇
暗闇の奥で。
“何か”が、目を開いた。




