第116話 蒼銀の祈り
黒侵食が、僅かに止まった。
◇◇◇
「……止まった?」
レートが目を見開く。
◇◇◇
ペケの右腕。
肩まで侵食していた黒亀裂が、そこで静止していた。
◇◇◇
『侵食速度低下確認』
ノアの声が響く。
『原因――不明』
◇◇◇
「いや絶対ヒオリちゃんの光だろ!?」
アマカーラが叫ぶ。
◇◇◇
その通りだった。
◇◇◇
ヒオリの蒼銀光。
そこへ混ざる、淡い金色。
その光が、黒侵食を押し留めている。
◇◇◇
「……ぺけ」
ヒオリが震える声で名前を呼ぶ。
◇◇◇
ペケの呼吸は浅い。
だが。
まだ、生きてる。
◇◇◇
「よかった……」
ぽろりと涙が落ちた。
◇◇◇
その瞬間。
ペケの指が、微かに動く。
◇◇◇
「……泣くな」
◇◇◇
「誰のせいだと思ってるの!?」
ヒオリが即座に怒鳴った。
◇◇◇
涙声だった。
◇◇◇
「空斬るとか意味分かんないし!」
「侵食されるし!」
「倒れるし!!」
◇◇◇
ペケは少しだけ目を細めた。
◇◇◇
「でも……止めただろ」
◇◇◇
「っ……」
◇◇◇
ヒオリが言葉を詰まらせる。
◇◇◇
確かに。
空門は閉じた。
ゼルヴァリオンは退いた。
世界は守られた。
◇◇◇
でも。
◇◇◇
「だからって、自分が壊れていい理由にならない……!」
◇◇◇
その声に。
ペケが僅かに沈黙した。
◇◇◇
いつも冷静で。
どこか自分を優先しない人。
◇◇◇
そんな彼へ。
ヒオリは、泣きながら言った。
◇◇◇
「私は……ぺけに居なくなってほしくない」
◇◇◇
空気が止まる。
◇◇◇
レート達が、そっと視線を逸らした。
◇◇◇
「うわぁ……」
ガブが小声で呟く。
「これ完全に告――」
「黙ってくださいガブ様」
ミーチーが口を塞いだ。
◇◇◇
だが。
ペケの瞳だけは、ヒオリを見ていた。
◇◇◇
静かに。
真っ直ぐ。
◇◇◇
「……知ってる」
◇◇◇
低い声。
◇◇◇
ヒオリの心臓が跳ねる。
◇◇◇
「え……」
◇◇◇
その瞬間。
ペケの身体が、ぐらりと傾いた。
◇◇◇
「ぺけ!?」
◇◇◇
限界だった。
界断。
空間侵食。
灰銀魔力暴走。
◇◇◇
『生命反応低下』
ノアの声が響く。
『至急治療を推奨』
◇◇◇
「アルカディアへ戻る!!」
レートが叫ぶ。
◇◇◇
『帰還ルート再構築』
『王都アルディアまで最短航路を設定』
◇◇◇
巨大方舟が、ゆっくり進路を変える。
◇◇◇
その時だった。
◇◇◇
セラが、小さく空を見上げた。
◇◇◇
「……まだいる」
◇◇◇
「え?」
アイリスが振り返る。
◇◇◇
空はもう閉じている。
裂け目もない。
◇◇◇
だが。
セラだけは怯えた顔をしていた。
◇◇◇
「見てる」
◇◇◇
ぞわっ――。
◇◇◇
ヒオリの背筋に悪寒が走る。
◇◇◇
次の瞬間。
◇◇◇
誰も居ない空に。
蒼黒の“瞳”だけが、一瞬浮かんだ。




