第103話 方舟、空へ
『……マスター』
『逃走を推奨します』
ノアの声は、本気だった。
それほど。
現れた三体の超巨大空喰獣は異常だった。
◇◇◇
雲海を割りながら降りてくる。
巨大な翼。
無数の黄金眼。
浮遊島ほどの巨体。
その存在だけで、空が軋んでいた。
◇◇◇
「……でっか」
アイリスが呆然と呟く。
「感想そこ?」
ヒオリが突っ込む。
でも。
正直みんな同じこと思ってた。
デカすぎる。
◇◇◇
『個体識別』
『王直属空喰獣《オルフェ=ガルド》』
『《バル=ゼノン》』
『《メルディア》』
ノアが次々識別する。
そのたび空気が重くなる。
◇◇◇
「勝てるの?」
ガブが真顔で聞いた。
誰も即答できなかった。
◇◇◇
その時だった。
ペケが静かに口を開く。
「ノア」
『はい』
「この船、飛べるんだな」
『可能』
「最高速度は」
『現代飛空船規格を大幅超越』
「分からん」
レートが真顔で言う。
ノアは少しだけ考えた。
『速いです』
「雑」
◇◇◇
だが。
ペケは小さく頷いた。
「なら十分だ」
「……ぺけ?」
ヒオリが見る。
すると。
灰銀の瞳が、静かに細まった。
「ここで戦う必要は無い」
その瞬間。
ヒオリも気付く。
目的は撃破じゃない。
空へ行くことだ。
◇◇◇
「ノア」
『はい』
「空門まで最短航路を出せ」
『了解』
その瞬間。
船内空間へ、巨大立体地図が投影された。
雲海。
浮遊島。
天空神殿。
そして。
最奥。
巨大な“黒い裂け目”。
◇◇◇
「……あれが」
アステリアが青ざめる。
「天穹門」
それは門というより。
空へ開いた巨大な傷だった。
黒い空間。
歪む空。
そして。
その奥で脈動する、“巨大な何か”。
◇◇◇
『現在位置から推定到達時間』
『三日』
「三日……」
ヒオリが息を呑む。
猶予は七日未満。
つまり。
向こう着いてから、ほぼ即決戦だ。
◇◇◇
その時。
超巨大空喰獣オルフェ=ガルドが咆哮する。
空間が割れる。
黒雷が《アルカディア》へ降り注いだ。
◇◇◇
『衝撃接近』
『防御結界展開』
轟ォォォォォン!!
白銀結界が空を覆う。
衝撃波。
暴風。
だが。
《アルカディア》は落ちなかった。
◇◇◇
「凄……」
ヒオリが目を見開く。
船が耐えている。
まるで。
空そのものへ守られているみたいに。
◇◇◇
『方舟級防御結界正常』
ノアが淡々と言う。
『この程度では墜ちません』
「頼もしすぎる」
レートが笑う。
◇◇◇
その時だった。
ヒオリの星痕が再び強く脈打つ。
「っ……!」
視界が揺れる。
◇◇◇
また記憶。
◇◇◇
白い飛空船。
空。
歌声。
そして。
一人の少女。
蒼い髪。
白い翼。
彼女が笑っていた。
『もしまた空が壊れたら』
少女が振り返る。
『次は、あなた達が飛んでね』
◇◇◇
その隣。
灰銀の青年が、呆れた顔をしている。
『面倒事増やすな』
『でも助けるでしょ?』
『……まぁな』
その声。
今のペケによく似ていた。
◇◇◇
「っ――」
ヒオリが息を呑む。
その瞬間。
《アルカディア》中央部が、強く発光した。
◇◇◇
『追加認証確認』
ノアの瞳が輝く。
『方舟制御権限一部解放』
『星霊記録同期開始』
その時。
ヒオリの足元へ、蒼い魔法陣が広がった。
「えっ!?」
次の瞬間。
ヒオリの身体が、ふわりと浮く。
「ひゃっ!?」
「ヒオリ!?」
アイリス達が慌てる。
◇◇◇
だが。
ヒオリの周囲へ、無数の光粒が集まり始めていた。
星。
歌。
そして。
空。
◇◇◇
ノアが、静かに告げる。
『――《アルカディア》正式操船者、適合開始』
静寂。
そして。
ヒオリ本人だけが、一番困惑していた。
「……また私!?」




