第10話 金陽の王太子
王族たちの晩餐会は、夜が深まるにつれてさらに熱を帯びていた。
巨大な円形会場。
白金のシャンデリア。
奏でられる弦楽器。
各国の王族や貴族たちが、それぞれの思惑を胸に笑みを交わしている。
だが。
その華やかさの裏では、静かな駆け引きが絶えず行われていた。
「今年は随分と騒がしいですね」
セオドア・クロイツが静かに呟く。
帝国側席。
ペケはグラスへ口を付けながら周囲を眺めていた。
「親善祭だからな」
アイリスが肩を竦める。
「建前上は“交流”だろ?」
「実際は探り合いです」
セオドアが冷静に返した。
「特に最近は各国とも余裕がありません」
「ダンジョン活性化か」
アルトの低い声。
空気が少し変わる。
「北部魔物異常発生」
「海流魔力濃度上昇」
「未踏領域反応増加」
カイルが面白そうに笑う。
「世界が不穏になってきたねぇ」
ペケは黙っていた。
その視線の先には、ヒオリの姿。
レオンハルトと話している。
穏やかな笑顔。
王女として完璧な立ち振る舞い。
けれど。
どこか無理をしているようにも見えた。
「また見てる」
アイリスが即座に反応する。
「……」
「はいはい、違う違う」
ペケは無言でグラスを置いた。
その時だった。
会場入口側がざわめく。
今までとは明らかに違う空気。
貴族たちが一斉に姿勢を正す。
「来たか……」
レートが小さく呟いた。
扉が開く。
そこから現れたのは、一人の青年だった。
金色の髪。
鋭い金眼。
白銀の礼装。
背筋を伸ばした立ち姿には、自然と人を従わせる威圧感がある。
ヴァルディア帝国第一皇子。
フィリップ・ヴァルディア。
“金陽の王太子”。
ペケの異母兄。
そして帝国次期皇帝最有力候補。
「フィリップ殿下……!」
「王太子殿下が来るなんて……」
「今年は本当に大物ばかりだ……」
会場の空気が変わる。
フィリップは堂々と歩く。
周囲の視線を当然のように受けながら。
強者。
そんな言葉が似合う男だった。
ヒオリも思わず息を呑む。
「……すごい人」
レオンハルトが静かに頷く。
「帝国の太陽です」
「太陽……」
「武力、政治、統率力。全てが高水準。敵も多いですが、支持も絶大です」
その言葉通りだった。
フィリップが現れただけで、空間の中心が変わる。
だが。
そんな兄を見ても、ペケの表情は変わらない。
静かだった。
すると。
フィリップが真っ直ぐ帝国席へ向かう。
そしてペケの前で立ち止まった。
「久しいな、ペケ」
低くよく通る声。
威圧感があるのに、不思議と不快ではない。
「兄上」
ペケが短く返す。
フィリップはペケを見下ろし――そして、ふっと笑った。
「相変わらず愛想がない」
「必要ない」
「違いない」
周囲がどよめく。
帝国皇族同士の会話。
しかも第一皇子と第二皇子。
多くの貴族たちが息を潜めて見ていた。
ヴァルディア帝国。
大陸最大国家。
その後継争いは、世界情勢そのものに直結する。
だから皆、知りたがっていた。
この兄弟が敵か味方かを。
「それで?」
フィリップがグラスを受け取りながら言う。
「学院生活は楽しいか?」
「普通だ」
「その顔を見る限り、少しは面白いことがあったらしいな」
その瞬間。
アイリスが吹き出した。
ペケが僅かに眉を寄せる。
「……何がおかしい」
「いや?」
アイリスは肩を震わせる。
「さすが兄弟って思って」
フィリップが目を細める。
「ほう?」
「最近ペケ、女見るんですよ」
空気が止まった。
アルトが静かに目を閉じる。
セオドアが額を押さえる。
カイルが笑いを堪えていた。
「アイリス」
ペケの声が低くなる。
「怖っ」
だがフィリップは面白そうに笑った。
「珍しいな」
「違いますよ兄上」
ペケが即座に否定する。
「その否定の速さが怪しいんだが?」
フィリップは周囲を見渡した。
そして。
自然と視線が、ヒオリへ向く。
蒼い瞳。
星詠み姫。
フィリップは数秒だけ彼女を見つめ――小さく納得したように笑った。
「なるほど」
「兄上」
「趣味は悪くない」
「違う」
「そうか?」
ペケは無言になる。
その反応を見て、フィリップはさらに笑った。
周囲の貴族たちもざわついている。
「星詠み姫と灰銀の王子……」
「まさか……」
「いや、婚約者が――」
小さな噂が広がっていく。
ヒオリは困惑していた。
突然、視線が集まり始めたからだ。
「な、何……?」
ミリアが小さくため息を吐く。
「……完全に目を付けられましたね」
「え?」
「帝国第一皇子殿下に」
ヒオリの心臓が嫌な意味で跳ねる。
するとその時。
「失礼」
突然、別の声が割って入った。
会場入口側。
そこにはもう一人、金髪の青年が立っていた。
だがフィリップとは違う。
もっと鋭く、冷たい。
笑っているのに目が笑っていない。
ヴァルディア帝国第三皇子。
ルシアン・ヴァルディア。
会場の空気が、さらに冷える。
「……来たか」
フィリップの笑みが少し消えた。
ペケもまた、静かにルシアンを見る。
ヒオリは知らない。
だが本能が感じ取っていた。
この男は危険だ、と。
ルシアンは優雅に礼をしながら、ゆっくり微笑む。
「兄上方が揃うとは珍しい夜ですね」
その声には、甘い毒のような響きがあった。
そして彼の視線が。
ゆっくりとヒオリへ向く。
蒼い瞳と、冷たい金眼が交差する。
その瞬間。
ヒオリの胸元が、微かに熱を持った。
星霊魔法が反応している。
まるで警告するように。




