【7日 371年04月】桓温廃帝! 簡文立つ
【371年04月】
資治通鑑原文4087文字(97/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/8-桓温-4/9
3/15-苻堅-4/22
3/20-王猛-4/11
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
2/14-拓跋什翼犍-4/13
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
【あらまし】
前秦、とめどない勢力拡大。こうした中敗戦で権威を沮喪した桓温は簡文帝の推戴という反則技で権威を回復させ、庾氏や殷氏の粛清に走ります。まさに悪名万年、といった勢いの状態です。
【できごと】
前燕を滅ぼした前秦、ここからは無双のターンです。まずはこれまで山間部にあった小骨のように存在していた仇池を完全降伏させました。これが何を意味するかと言えば、前涼と晋との遮断です。と言うわけで王猛、ここから前涼に圧力をかけます。「このまま存続しきれると思ってんのか?」と言うわけです。このため張天錫はここで臣下の礼を前秦に対して取りました。この事態を受けて吐谷渾もまた前秦に対し貢納品を献上しています。
この年、代では拓跋什翼犍の長子、拓跋寔が死亡。ただし拓跋寔は一粒種を残していました。その子が誕生し、渉圭と名付けられます。いや、ここはのちの名前で呼んでしまったほうが早いでしょう。拓跋珪、です。
前秦が一気に膨らみました。こうした中、晋はどうだったでしょうか。桓温はこの先蜀が襲撃を受けることを予期して蜀の守りを固めつつ、自身は簒奪のために動き出した、と語られます。ここで有名なセリフ「男子たるもの、芳名を百世に流すことができぬなら、悪名を万年に残すべきである!」が飛び出ます――まぁ晋書よりも前の時代に編纂されている世説新語ではこのセリフ、「わしは芳名も悪名も流せんのか!」と悲嘆に暮れた、となってるんですけどね。ともあれ、では、何をするか。「霍光の功を立てよ」と、郗超に言われます。つまり前漢の名臣、霍光の例にならい、無能な皇帝を廃し、有能な皇帝を即位させよ、と言うのです。ただしここで廃帝に大した過失がなかったため下半身事情をでっち上げて廃し、司馬昱を帝位につけました。簡文帝です。すると桓温は「新帝奉戴」の功績をもとに、殷浩の一族、庾亮の一族を粛清して回りました。この頃の桓温の動きは、ひとくちに言って「自身亡きあとの桓氏が不安」に尽きたのでしょう。
さて、前秦では慕容垂が苻堅に「慕容評はクソなので誅殺してください」と願い出ましたが、これを苻堅は却下しました。するとここで司馬光さんが出てきて「ああいうやつをのうのうと飼うなぞ、民を愛していないということではないか! だからこそこのあとやらかすのだ!」と赫怒します。地雷のありかが謎。




