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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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89/127

【29日 362年10月】髯參短簿! 謝玄もおるで

【362年10月】

資治通鑑原文635文字(335/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/15-苻堅-4/22

 3/20-王猛-4/11

 3/26-謝安-4/22

 謝玄-4/25

・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 3/23-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7


【あらまし】

 晋に対して前燕からの圧力が高まる中、桓温のもとに勇才賢才が揃います。中でも郗超、王珣、そして謝玄は、後世人からも際立った逸材としてその名が知られています。そうした人材が、強盛化を加速させる前秦前燕に抗いうる才能としての期待を一身に背負うのでした。



【できごと】


 前燕からの圧力はただごとではなく、桓温が派遣していた配下将らは次々に南に押し下げられています。しかも、敢えて洛陽には直接攻め込まないままで、です。つまりこれは洛陽がどんどん孤立する形です。このタイミングで晋が洛陽を保持し続けるメリットはほぼない、と言うかデメリットばかりなのですが、とはいえ先帝の陵墓がある以上手放すわけにもいかない。こうした晋側のジレンマを、前燕が的確に突いている印象です。


 桓温の遷都提議に乗るわけにはいかない、とはいっても桓温の軍才を頼らないわけにもいかない。この当時の建康政権は、戦略的にも政治力学的にも身動きが取れなさすぎる印象です。このため桓温には、ひとまず「大司馬・都督中外諸軍・録尚書事」、雑に言えば軍の統率権、国内外の軍略策定権、そして軍務にまつわる諸手続きの決定権をも握る、という、その気になれば独裁できる権限が与えられました。さらに、その配下として王導の孫王珣、郗鑒の孫郗超、ともに同世代ではトップクラスの逸材が配されます。この両名は美髯の郗超とおちびの王珣が桓温を大いに喜ばせ、怒らせもしたようで、蒙求、中国史における著名人物数え歌みたいなやつのかなり初めの方で「郗超髯參,王珣短簿」と歌われるほどでした。更には謝安の甥、謝玄。謝安の子供世代でも、文武およびそのフリーダムさで名を知られた人物が、やはり桓温の下に加わっています。もはや東晋第三世代オールスターズくらいの勢いです。


 ところで、ここまで晋における司馬昱や桓温への言及の少なさを散々愚痴っていたわけですが、この年は逆に前秦に何があったのかがまるで書かれておらず、気になるところです。その代わりに書かれているのが、前涼です。張天錫が、張玄靚の母に暗殺されかけたため逆襲して張玄靚を殺害、前涼を乗っ取っています。とはいえこの当時の張天錫は十八歳。張玄靚がこの当時十四才でしたから、案外年齢が違いません。これで前涼の全権を握っていたというのも微妙な話ですし、このあたりもまた涼州のどろどろぶりが見えづらく、なにやらソワソワしてしまいます。

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