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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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88/126

【28日 361年10月】都は洛陽! 異論は認める

【361年10月】

資治通鑑原文1840文字(246/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/14-王羲之▲

 3/15-苻堅-4/22

 3/20-王猛-4/11

 3/25-謝安-4/22

・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 3/23-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7


【あらまし】

 桓温の洛陽獲得をめぐり、前燕と、あと晋までもが紛糾します。前燕では洛陽を獲得すべきではないか、という議論が巻き起こり、晋では、なんと桓温が「洛陽に遷都すべき」と提唱しています。どちらの議論もこのタイミングでは結論が出ずに終わるのですが、ここから先に大戦が起こるであろうことは間違いがない、と実感させられます。



【できごと】


 この年、范寧という人物が叫んでいます。「この国をズタズタにしたのは清談、清談なのだ! この気風を起こした曹魏の何晏どもの罪は桀や紂にもまさる!」とのことです。つくづく司馬光さんは自身の思いを躊躇なく古人の言葉に託してくるな、と笑顔とどめきれません。


 さてこの年は、洛陽をめぐる動きが激しいです。洛陽を守る晋将は陳佑と言いましたが、その手勢わずか数千。晋、なんと言うか本気で守ろうという気を感じません。なので前燕でも洛陽をこのあたりで取ってしまうべき、という議論が起こるのですが、桓温、すかさず配下将を北上させて対応します。そして朝廷にはこう言うのです。


「今こそ都を洛陽に移すべきです!」


 当時の情報伝達スピードであれば洛陽の守りを敢えて薄くしておいて前燕を釣りだし、その上で危機感を煽る、などという戦略を打つことは難しいので、桓温としても「いま自分に見える範囲の情報を整理すれば、洛陽遷都くらいの決議を動かさないと次の一手を取れない」くらいの危機感に基づいたものだったのでしょう。しかしここで、建康は「桓温、自身の権勢を保つためのポーズとして洛陽遷都を訴え出ているくさいですよ(笑)」みたいなノリで桓温の遷都建議を退けています。資治通鑑の書きぶりは完全に桓温悪者論に偏っている印象ですが、これだけ建康に足を引っ張られていれば、さすがに桓温としても堪忍袋の緒が切れそうだよな、とも感じてしまいます。


 前燕はイケイケモードですが、前秦は引き続き内政促進です。内政促進というよりは統率機構固め、と言ったほうがピンとくる気はします。ともあれ、このタイミングで国内の治安が劇的に改善された「そうです」。ここで成の李雄の時代にも見たような内政改善のテンプレート、田畑が整い、倉庫が満ち、ひとは手に職をつけた、が載せられ、笑顔になってしまいます。


 そして前涼では、張天錫が宰相の座についています。可愛い甥の輔弼、という名の、実質全権掌握です。こうしてみると、前涼もいよいよ最終局面を迎えた感じがあります。

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