【26日 359年11月】二国強盛! 謝安立つ
【359年11月】
資治通鑑原文1983文字(231/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/8-桓温-4/9
3/14-王羲之-3/28
3/15-苻堅-4/22
3/20-王猛-4/11
3/25-謝安-4/22
・準メインキャスト
2/14-拓跋什翼犍-4/13
2/28-慕容儁▲
3/23-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
【あらまし】
前燕では慕容儁が死亡、慕容恪を実質中心とした体制づくりが進みました。前秦では王猛への集権が強化されるも、同時に王猛推挙による賢才が要職を固めます。そして晋では謝安が桓温の副官として、ついにデビュー。各国争覇、ここからがクライマックスです。
【できごと】
前燕で、慕容儁が改めて大軍を立ち上げての南征を計画しました。しかし、ここで慕容儁の病が重篤となります。もはやこれまでと悟った慕容儁は信頼できる弟、慕容恪に帝位を託そうとしますが、「私に陛下のお子を補佐できる才能がないとお思いですか!」と退けられたため、その死後、慕容暐が立ちました。ここでもやはり円満な継承劇とは言えたのですが、ここで慕容皝の時代以来の勇将が慕容儁の皇后を交えた政権壟断を目論んだため粛清がなされています。とは言え、不穏さと言えばこのくらい。慕容垂も鄴に戻され、また元老である慕容評も健在。内に、外にと、前燕の態勢はむしろ充実します。不安といえば慕容恪ありきの態勢であった、ということでしょうか。慕容恪体制について桓温は「あれが健在である限り北伐なぞ叶わぬ」と嘆息していますが、逆に言えば、というわけですね。
こうした懸念は、また前秦にも言えました。苻堅、王猛の豪腕を頼るあまり、王猛が他の賢人、例えばそれこそ苻堅の弟である苻融にもっと国政に参与させるべきと進言するのも聞かず、どんどん王猛に肩書を加増します。その辞退になど聞く耳も持ちません。もちろん王猛が推挙した人物についてもまた要職につけられたりはしているのですが。それにしても、間の苻生を挟んでふけんとふゆうが王とその弟とか、なかなかこの国の王族は日本の学習者に厳しいですね。
前燕、前秦、ともに強化が進みます。対する東晋は謝万の大ゴケもあり、かなり厳しい局面です。しかし、ここでついに立ちました。謝氏が誇る天才、謝安。その才覚のすさまじさは「彼が立たずして民草はどうなるのだ」と、殷浩と同じような言葉にてたたえられていました。これまで再三の出仕要請を蹴っていたのですが、弟の失敗をフォローするためか、ついに桓温の副官として出仕します。これで結果まで殷浩と同じだったら目も当てられないわけですが、さて。
ともあれ、三国それぞれが決戦態勢となります。この戦いは、どのような結末を迎えるのでしょうか。




