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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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85/127

【25日 358年12月】謝万コケる! 晋くんさぁ

【358年12月】

資治通鑑原文2277文字(194/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/14-王羲之-3/28

 3/15-苻堅-4/22

 3/20-王猛-4/11

 謝安-4/22


・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 2/28-慕容儁-3/26

 3/23-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7


【あらまし】

 前燕では慕容儁が耄碌とも呼んでいい愚行を繰り返しています。前秦では王猛が次々と無駄飯ぐらい(なのやら政敵なのやら)を始末、指揮系統を一手に束ねます。こうした中、晋では謝万が兄の謝安のとりなしも聞かずに前線で散々将兵からのヘイトをためまくった末に大敗しました。何やってんだまじで。



【できごと】


 ここまで桓温以外いいとこなしの中期東晋軍ですが、ここで一矢報いました! あの荀彧の子孫、荀羨が前燕軍を攻撃、燕将にして一騎当千の武を誇っていた賈堅を討ち取ります。なお直後に援軍が来て跳ね返されました。うーんこの。


 なおこの年、慕容儁が死期を悟り焦ったのか、百五十万もの大軍を興して晋を攻めると言い出したりだとか、石虎の墓を暴いて死体を鞭打っただとか、慕容覇、改め慕容垂の妻の段氏が巫蠱を企んだと言い出して殺害したりだとか、なかなかの暗君ムーヴです。なお段氏が殺されたあと慕容垂は平州に飛ばされています。対中原争覇から外され、高句麗などの対処に回された格好です。慕容垂などなしでも中原は獲得できる、という慕容儁の危うい自負が見え隠れする人事ですね。


 対して、その中原では。王猛の豪腕ぶりはとどまるところを知らず、苻堅の母方の伯父として権勢を振るっていた強徳を処刑。さらに既得権益に浸っていただけの人物も次々に処罰、罷免しました。苻堅はこの措置に驚きましたが、法に照らせば妥当であった、と言うしかなかったため「初めて天下に法があると知った」と詠嘆しています。ここまでの経緯を考えれば「苻堅にとって都合の悪い政敵を始末した」可能性も捨てきれませんが、あまり妄想ばかりでも仕方がありませんね。


 こうした中、晋はどうだったでしょうか。謝万が最前線で将軍らに対して「お前たちは屈強な兵だ!」と口走り、殺意すら抱かれています。このときあの謝安も従軍していたらしく「やるなよ、ぜったいにやるなよ」と注意していたようですが、だめでした。やがて前燕軍より猛攻を受け、大敗。世説新語によれば、逃げるときにも気にかけるのは将兵の安否ではなくお気に入りの鐙であった、とのことです。この大敗を受け将兵らは「謝万を処刑しろ!」と大合唱しましたが、謝安によるとり成しを受け、処刑は免れました。


 それにしてもこの頃、桓温、何してたんでしょう。資治通鑑、書かなさすぎです。

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