【27日 476年09月】後廃帝廃位! 仲いいな南北
【476年09月】
資治通鑑原文2679文字(164/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
7/16-蕭賾-8/14
【あらまし】
後廃帝があまりにもわかりやすい昏君ムーヴのうえ蕭道成の配下に討ち取られます。しかしここまでコテコテだと、さすがに司馬光さんも「これだけわかりやすく書いてやってんだからあっさりこの辺の記述鵜呑みにすんなよ」的意図を忍ばせていそうな気もします。
【できごと】
さすがに言わせてください。なんでこうも大物の退場ってタイミングが近いんでしょうか? 献文上皇死亡に続き後廃帝廃位殺害です。そのおもしろアクションの数々をもうちょっと分散させてくれれば紹介のしようもあったのですが、ここでまとめて書かれているおかげでなかなか難しい。
なお明帝は性機能が貧弱であったため寵臣に妃を与えて妊娠させたりしています。このため後廃帝の父親は李道児という人物である可能性も高いそうです。またその奔放ぶりを嫌がった明帝に、しばしば杖で打たれてもいたのだとか。こうした出自や環境が災いしてか、ふらりと外に出ては家畜から人間からを殺して回り、獲物がなかった日には鬱々としたそうです。これの真偽の程は、まあ。個人的にはこちらが重要であると感じています。明帝のもとで権勢を確立していた阮佃夫が廃位を図るも露見し、党与および一門を殺し尽くしました。ここで後廃帝自らが手にかけた臣下は「貴様は桀や紂をも超えたな!」と罵っています。
この一件は蕭道成らを恐懼させるのに十分でしょう。それでなくとも蕭道成、暑い日に裸で寝ていたら突然後廃帝に捕まり、その腹に的を描かれ、弓で狙われたりもしています。このときははじめ本物の弓矢を持ち出されたのですが、周囲の諫止もありおもちゃの弓矢に変えられていました。この一件だけなら悪質な冗談ですが、もはや冗談と笑い飛ばせる段階は越えました。しかしこの廃立謀議に袁粲は反対、褚淵は沈黙。かくなる上は、と蕭道成、広陵に出て、北魏を引き入れよう、と計画します。すると配下は反対。へたに北虜というビッグトラブルの種を引き込むよりも、後廃帝が町中にふらっと出たところを襲うのが良い、と提案します。そして後廃帝、町中で犬を煮殺した後に酔いつぶれました。と言うわけで、その隙を狙い、蕭道成配下の将、王敬則が独断で後廃帝を殺害。その生首を蕭道成の屋敷に投げ込みました。それが確かに後廃帝のものとわかると、蕭道成は首を持って宮中入りします。こうなったら、誰が蕭道成に逆らえるでしょう。間もなくして後廃帝の弟、劉準が立てられます。順帝です。
ところでひとつ気になるんですが、この展開、あまりにも蕭道成の被害者ぶりがすごいですね? 本当にここまで一方的に「後廃帝を殺しても仕方がない」局面だったのでしょうか。「簒奪の正当化」もまた、疑っておかなければならなさそうです。




