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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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120/128

【29日 392年03月】苻登絶望! 姚萇神采配

【392年03月】

資治通鑑原文1960文字(233/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11

 4/24-姚興-5/25

 4/28-赫連勃勃-6/3



【あらまし】

 苻登、完全に姚萇に翻弄されます。ついには「なんであいつと同じ時代に!」とまで叫ぶ始末。かわいそう。一方晋ではいよいよ桓玄が本格的に姿を現します。赫連勃勃の姿も見えていますし、ここから大波乱待ったなしですね!



【できごと】


 赫連勃勃は没弈干に引き連れられ、後秦に降伏。このとき姚萇は重病に伏せっていたため「何が来たのか」を把握できませんでした。いっぽう太子の姚興は姚萇の病を機会とばかりに前秦から後秦へと帰順していた将帥ら、つまり自分の時代に統御が利かなくなりそうな将帥らをひとところにまとめ、殺害。姚萇はこの措置に怒りこそしましたが、姚興を罰したとは特に書かれません。こわい。


 この病を喜ぶのは誰でしょうか。そう、苻登です。ここを姚萇撃滅のチャンスと決意、進軍。この頃にもなると姚萇の病状も少し回復してきていたため、自ら防衛の指揮を執りつつ、別働隊に例によって拠点を叩かせました。苻登は慌てて引き返しますが、姚萇、そんな苻登の後を陣払いの上で追跡します。苻登が拠点に戻って改めて姚萇軍の様子を調べさせれば、そこはもぬけの殻。苻登はついに「どうしてあのような男と同じ時代に生まれてきてしまったのだ!」と叫び、別拠点に引き返しました。その様子を見届け、姚萇もまた自身の拠点に戻るのでした。


 ここ最近すっかり影の薄かった慕容垂ですが、この年、ついに翟釗撃滅に動きました。翟釗は追い詰められ、西燕に逃れます。翟釗のもとにはのちに北魏の宰相となる崔宏をはじめとした前秦から亡命した漢人官僚が多くおり、慕容垂はこうした人物を吸収しました。翟釗は西燕ではじめ厚遇されましたが、間もなくして殺されました。


 晋では荊州で王忱がいきなり死亡。その後任は殷仲堪、殷浩さんの親族で、孝武帝のお気に入りです。ただ政治軍事センスは微妙であったようで、誰もが「なんでこいつが西府の長なんだ?」と疑問を抱いていたそうです。こうした中、桓玄は荊州で一大派閥を築いていました。晋から提示された官位については「なんだそのけちな官位は」と一蹴。殷仲堪はそんな桓玄を大人物と見て厚遇します。胡藩と言う人物が「いやあいつヤバいですよ」と諫めましたが、気にも留めません。ちなみにひとつ未来を語っておくと、この胡藩はのちに劉裕の配下将となります。また朱序が引退、郗鑒の孫のひとりである郗恢がその後任となります。


 あと呂光がこの年各方面に軍を発してのきなみ失敗したと書かれます。このひとは将軍のままでいたほうが輝いていたのでは?



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