【28日 391年03月】赫連勃勃! 復讐の鬼
【391年03月】
資治通鑑原文1849文字(245/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/24-姚興-5/25
赫連勃勃-6/3
【あらまし】
みんな大好き赫連勃勃、登場です。乞伏氏や後燕、北魏の間にあり、北魏に攻撃を仕掛けた劉衛辰が逆襲をくらって死亡、息子であった、当時の名に言う劉勃勃は苛烈な追っ手の迫る中なんとか逃げ落ち、没奕干に匿われ、復讐を誓います。関中では姚萇がこれでもかと際立った戦略眼を示し、臣下より讃えられています。逆説的に、これと対峙して滅びない苻登もまたすごい。
【できごと】
この年、何故か焦点が鉄弗部に集まります。前秦に協賛していた没奕干という人物が一度乞伏氏に合流するも、間もなくして離反、鉄弗部の劉衛辰のもとに逃げ込みました。その劉衛辰ですが、相も変わらず北魏を攻撃します。この頃の北魏は賀蘭部を撃破し、後燕と断交、そして北方で唯一従っていなかった柔然に攻撃を仕掛け大破、ただしのちに柔然を束ねることになる郁久閭社崙をはじめとした中核部は逃がしてしまい、これが後々の北魏をずっと蝕み続けます。とは言えいまは南。拓跋珪は西燕と連携をとりつつ、劉衛辰に攻撃を仕掛け、大破すると、さらにそのまま劉衛辰の本軍めがけて進撃しました。劉衛辰はここで臣下に殺されますが、その末の息子であった劉勃勃、すなわち後の赫連勃勃はなんとか逃げおおせ、没奕干に匿われました。ここで拓跋珪の追撃はかなり苛烈なものであったようであり、劉勃勃は北魏に対し強烈な復讐の念を抱きます。
姚萇は苻登との戦いで引き続き途轍もない人を見る目を発揮し、ある時は苻登の躊躇を衝いたり、かと思えば降ってきた勢力相手に偽装降参を疑う臣下の声を無視して単身堂々と会見したり。あるいは姚萇に加勢するふりをしてその後背を討つつもりでいた勢力の意図を読んで姚興に撃退させたり。その上宴会で臣下から「姚襄様が生きておられたら苻登なぞとっくに平定していたでしょうにな!」と当てこすられれば「そりゃそうだ、俺が兄上に勝てるわけがない、お前たちと共に策を巡らせてるからこうしてなんとか生き延びられてんのさ」と言い返し、感服させています。苻堅に対するこじらせた感情さえなければ本当にこのひと、一級の英雄とも呼べるんだろうになあ、と言う気分です。
これ以外の話をざっとまとめておきましょう。北魏の援護を受けた西燕は洛陽を攻撃するも失敗しました。翟遼が死に、子の翟釗が軍府を継承しました。また晋では謝安の息子である謝琰が宰相となりました。北が相も変わらず賑やかであるため、この年の晋まわりは引き続き控えめです。




