表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/128

【28日 391年03月】赫連勃勃! 復讐の鬼

【391年03月】

資治通鑑原文1849文字(245/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11

 4/24-姚興-5/25

 赫連勃勃-6/3


【あらまし】

 みんな大好き赫連勃勃、登場です。乞伏氏や後燕、北魏の間にあり、北魏に攻撃を仕掛けた劉衛辰が逆襲をくらって死亡、息子であった、当時の名に言う劉勃勃は苛烈な追っ手の迫る中なんとか逃げ落ち、没奕干に匿われ、復讐を誓います。関中では姚萇がこれでもかと際立った戦略眼を示し、臣下より讃えられています。逆説的に、これと対峙して滅びない苻登もまたすごい。



【できごと】


 この年、何故か焦点が鉄弗部に集まります。前秦に協賛していた没奕干という人物が一度乞伏氏に合流するも、間もなくして離反、鉄弗部の劉衛辰のもとに逃げ込みました。その劉衛辰ですが、相も変わらず北魏を攻撃します。この頃の北魏は賀蘭部を撃破し、後燕と断交、そして北方で唯一従っていなかった柔然に攻撃を仕掛け大破、ただしのちに柔然を束ねることになる郁久閭社崙をはじめとした中核部は逃がしてしまい、これが後々の北魏をずっと蝕み続けます。とは言えいまは南。拓跋珪は西燕と連携をとりつつ、劉衛辰に攻撃を仕掛け、大破すると、さらにそのまま劉衛辰の本軍めがけて進撃しました。劉衛辰はここで臣下に殺されますが、その末の息子であった劉勃勃、すなわち後の赫連勃勃はなんとか逃げおおせ、没奕干に匿われました。ここで拓跋珪の追撃はかなり苛烈なものであったようであり、劉勃勃は北魏に対し強烈な復讐の念を抱きます。


 姚萇は苻登との戦いで引き続き途轍もない人を見る目を発揮し、ある時は苻登の躊躇を衝いたり、かと思えば降ってきた勢力相手に偽装降参を疑う臣下の声を無視して単身堂々と会見したり。あるいは姚萇に加勢するふりをしてその後背を討つつもりでいた勢力の意図を読んで姚興に撃退させたり。その上宴会で臣下から「姚襄様が生きておられたら苻登なぞとっくに平定していたでしょうにな!」と当てこすられれば「そりゃそうだ、俺が兄上に勝てるわけがない、お前たちと共に策を巡らせてるからこうしてなんとか生き延びられてんのさ」と言い返し、感服させています。苻堅に対するこじらせた感情さえなければ本当にこのひと、一級の英雄とも呼べるんだろうになあ、と言う気分です。


 これ以外の話をざっとまとめておきましょう。北魏の援護を受けた西燕は洛陽を攻撃するも失敗しました。翟遼が死に、子の翟釗が軍府を継承しました。また晋では謝安の息子である謝琰が宰相となりました。北が相も変わらず賑やかであるため、この年の晋まわりは引き続き控えめです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ