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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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115/128

【23日 386年06月】苻登登場! 前秦の徒花

【386年06月】

資治通鑑原文4669文字(76/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/29-謝玄-4/25

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11


【あらまし】

 慕容永の東進を防がんと攻撃した苻丕が逆に討ち取られます。その報を受けて西方で前秦残存勢力を取りまとめていた苻登が即位、姚萇と対峙しました。また晋では謝玄が引退、朱序が北方統括として立ちます。



【できごと】


 慕容垂は鄴から北上、中山を都と定め、南北に勢力を拡大する中、北方に残っていた旧前秦系勢力を吸収、姻戚関係を結んだりしています。東方でぐんぐん勢力を拡大する後燕は、このタイミングにおける最強勢力だったと言えるでしょう。


 慕容永は東に動きますが、ここで問題は東部に既に後燕が確かな勢力を築いていること。慕容永は、一応、一応ですが、前燕の正統皇帝から帝位を継承する身にあります。先んじて使者を送って慕容垂に臣従を誓いましたが、その心中はいかばかりであったことでしょう。


 ただ慕容永は、ここで別の問題に行き当たります。慕容垂に合流するに当たっては苻丕が支配している場所を通過せねばなりません。そこで道を貸して欲しいと願い出ましたが、苻丕にしてみれば長安を襲った軍、そのものがどの顔で、と言うわけです。このため慕容永を悪と糾弾し、攻撃を仕掛け、大敗しました。ここで王永は戦死、苻丕は晋に脱出しましたが洛陽あたりで捕まり、殺されます。そしてこのタイミングで慕容永は慕容垂への臣従を破棄、改めて燕帝を名乗ります。この動きはよくわかりませんが、おそらく北魏と連携して後燕を討ち滅ぼすつもりだったのでしょう。


 いっぽう、前秦は滅亡、しませんでした。というのも長安周辺の前秦残存勢力は、苻氏の疎族でありながらもそのずば抜けた将器を持つ人物、苻登を主として担いでいたのです。苻登としては苻丕の帰還を待つ予定ではありましたが、ここで苻丕の死亡を受け、即位。とは言っても苻丕政権と苻登政権にはそれほど強い連続性がありません。何人かの官僚が苻丕のもとから流れ着いてはいますが、その程度。ともなれば苻登政権に求められるのはなんでしょうか。他でもありません、苻堅を「殺した」姚萇の撃滅です。と言うわけでここから苻登対姚萇の熾烈な戦いが幕を開けます。


 この年は中原の激突が賑やかすぎて、他がほとんど霞む勢いです。北方では拓跋珪が叔父の拓跋窟咄と激突。ただしこの段階では形勢不利となり、後退を強いられます。また晋では謝玄が前線から引退、その統括を朱序が代任することになりました。載ってるのはこれぐらい。あまりにも他の記事が分厚すぎるせいで、正直、記事を探すのに難儀しました。

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