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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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109/129

【18日 381年09月】前秦南侵! ぬかるむ足元

【381年09月】

資治通鑑原文715文字(334/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/15-苻堅-4/22

 3/26-謝安-4/22

 3/29-謝玄-4/25

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11


【あらまし】

 前秦軍が襄陽より南進するも、これを桓氏一門総出で撃退。そうこうしているうちに前秦では苻堅の甥と王猛の子がタッグを組んで反乱を起こそうと画策しています。。苻堅さんの足元のグズグズぶりがヤバい。



 【できごと】


 前秦、諦めません。襄陽から兵を発し、襄陽と江陵の間にある城、竟陵を攻撃します。……いやふけんとふけんも大概ですがこうりょうとこうりょうときょうりょうも大概ですね。建康の北にある「広い」広陵が北府としての重要拠点、「長江のほう」の江陵が西府の拠点です。そして、そのちょっと北に竟陵。


 ここで一点、俯瞰的な補足をしておきます。西晋の司馬炎と隋の楊堅はその圧倒的武力を蜀、襄陽、広陵にぶち込むことで呉を、そして陳を滅ぼしています。つまりこのときの前秦、それとほぼ同じことをやっているわけです。ここで桓沖が折れたら、晋だって呉や陳と同じ運命を辿ったかもしれません。実のところ淝水本体よりもこちらの方がよっぽどヤバいです。逆に言えば「ここで桓沖が見事に持ちこたえた」からこそ淝水が起こったと言えるわけで、対前秦軍略というスコープで見れば、桓沖の軍功はとんでもないレベルです。


 またここでいい仕事をするのが桓豁の息子、桓石虔や桓石民なのがイケています。ここで、ひとつエピソードを挟み込みましょう。桓豁の生きていた頃「苻堅を倒すのは名に石がある者だ」という噂が立ちました。なので桓豁、自身の子らみなに「石」字を与えています。打倒前秦の気合いのほどがうかがえますね!


 さて、そんな前秦。例によってまた苻氏が反乱を起こしました。しかも今度は王猛の息子まで一緒という欲張りセットです。今度謀反を起こしたのは苻法の子、苻陽。毒殺された苻堅の庶兄、苻法の子です。決起の理由は「あなたが私の仇だからです」と、実にストレート。一方の王皮は「うちが貧乏なので一発逆転を狙いました」と、こちらもまたストレートです。そして苻堅、彼らについても殺さずに追放でおしまいにしました。


 ここで興味深い事績が載ります。苻堅が鄴から銅駝・銅馬・飛廉・翁仲を長安に移した、と言うものです。これらは過日石虎が洛陽から持ってきたものです。正統としての権威、あるいは霊異を我が元に、という意欲が見て取れます。またここで苻融を征南大将軍、「晋征伐大元帥」みたいな官位につけます。淝水の日が、いよいよ近付いているのです。

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