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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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105/129

【14日 377年12月】前秦南侵! 不安な足場

【377年12月】

資治通鑑原文1002文字(314/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/15-苻堅-4/22

 3/26-謝安-4/22

 3/29-謝玄-4/25

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11


【あらまし】

 前秦、北方征伐が終わったそばからさっそく南方に攻め始めました。文……。もちろん黙ってされるがままになる晋でもなく、各地で抵抗の戦いが始まります。そうした中前秦国内では謀反の火の手がちらほら起こるなど、その足場の不安定さをほのめかす事態が起こってもいます。



【できごと】


 郗超、死亡。桓温を大いに支え、その北伐の原動力ともなるも、枋頭の大敗を予見しつつ止めきれずにあった才人が、ここで力尽きました。息子に先立たれた郗愔は嘆き悲しみかけますが、郗超は敢えて自身が桓温の簒奪謀議を提唱していたと郗愔にばれるよう仕向けていました。この怒りのため、郗愔は「あの不孝者のことなぞ知らん!」と激怒。これにより郗愔は憔悴せずに済んだ、と言うのですが……ずいぶんとねじくれたパパ愛ですね。最高です。


 朱序が守る襄陽城に、前秦軍が迫ります。動員将は苻丕・苟萇・楊安・慕容垂・姚萇ら。その攻め手は凄まじいながらも、朱序もよく城を守ります。しかしそうした中、襄陽の北西の城壁が崩壊してしまいます。ここについては、あらかじめここが危ういと予見していた朱序の母、韓氏が城壁の崩壊を取り囲むように別途バリケードを設けており、これによって敵軍の侵入を防ぎました。これを当時の人は「夫人城」と呼び、讃えています。襄陽をすぐに落とせないと悟った前秦軍はここで城攻めそのものをいったん諦め、周囲の侵略に作戦を変更しました。このタイミングで、桓沖は救援の軍を送りませんでした。ひどい、とは言いたいのですけど、下手にそれをやると蜀方面から襲われかねないのですよね。なんともしんどい局面です。


 前秦の侵攻はそれだけに留まりません。前燕の滅亡によって手薄となった河淮エリアについてはいつの間にやらだいぶ晋軍が抑えていたのですが、ここにも前秦軍が迫ります。その標的は、彭城。ちょうど黄河と淮水との間、真ん中ぐらいです。さらに漢中と襄陽とを繋ぐ経路上を守る西城も包囲。恐ろしいまでの全面作戦です。


 とは言えこうした中、巴西、つまり蜀の中央辺りで趙宝と言うものが叛旗を翻したり、洛陽では苻堅のいとこに当たる苻重が反乱を企てたりもしています。ただ洛陽については副官として呂光がつけられていたため、計画段階で呂光が動き、苻重を捕縛。長安に送り込みました。


 天下統一のために動いているはずでありながら、内部統治が緩んでいるのを感じます。慕容の若武者たちの指摘が、ここで形になっているのを感じるのです。



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