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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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106/128

【15日 378年11月】勇将謝玄! 秦軍退く

【378年11月】

資治通鑑原文1628文字(257/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/15-苻堅-4/22

 3/26-謝安-4/22

 3/29-謝玄-4/25

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13

 4/9-桓玄-5/11


【あらまし】


 前秦は襄陽や彭城といった主要都市を陥落させ、東晋に迫ります。しかしこうした危地にあり、謝玄が気炎を吐き、前秦軍を撃退。この結果に苻堅は激怒し、東晋の人々は謝安の人員配置の妙に感嘆したそうです。そしてこのとき、前秦軍にひとりの将軍が組み込まれました。彼の名は、そう。朱序と言います。



【できごと】


 前秦軍、全然襄陽を落とせません。勇将名将を勢揃いさせているのにもかかわらずです。このため苻堅、自分が指揮を執る! と言いだして止められたため、苻丕に対して「お前いいかげん落とさないとどうなるかわかってんだろうな、あ?」とおこの手紙を書いて送りました。さらに苻融に命じて東方の兵も寿春に集結させよと言い出し、これについては苻融から「やり過ぎです兄上」と言われて思いとどまっています。


 さて、襄陽を守る朱序。引き続き奮戦し、幾度となく敵を退けます。とは言え軍資も士気も無限ではありません。やがて守り疲れによる倦みが出てきたところで、朱序の督護、言ってみれば護衛官のひとりである李伯護と言う人物が苻丕に内応。これをきっかけとして攻め込んだ苻丕が、ついに襄陽城を落としました。朱序は捕らえられ、長安に送り込まれます。そしてその忠烈を讃えられ前秦の度支尚書に任じられました。そして李伯護は不忠のかどで斬首となりました。桓沖はこの事態を受けて自身の責任であると辞職を願い出るも、却下されました。


 さて、彭城です。謝玄は一万余りの兵で北上。すると前秦軍は彭城の包囲を一部解きました。結果彭城の守将は彭城を脱出、謝玄に合流。こうして彭城は陥落しました。ちなみに彭城は寿春より結構北にあり、この当時の東晋と前秦の勢力圏がかなり入り組んでいたっぽいことがほのめかされています。


 この事態を受け、晋でもさすがに完全に戦時体制に入るべく詔勅が下されます。前秦軍は更に南下、いよいよ広陵、ここを抜かれると大軍が長江に接岸してしまう、と言う場所にまで迫ります。更にここには、襄陽に注ぎ込まれていた軍までもが合流しました。絶体絶命のピンチと言うしかないのですが、しかし結果から言うと、謝玄、前秦軍を大破。苻堅を激怒させるほどの戦果を挙げています。


 ここには謝玄の統率力ももちろんなのですが、のらりくらりとしながらも巧妙に適材適所の人材を配置し、その余裕綽々の態度でもって中央で指揮を執る謝安の振る舞いもまた、人々の賞賛の的となっていたそうです。

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