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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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103/129

【12日 376年01月】苻堅外征! 文は?

【376年01月】

資治通鑑原文2090文字(220/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/15-苻堅-4/22

 3/26-謝安-4/22

 3/29-謝玄-4/25

 4/7-拓跋珪-5/17

・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13 4/9-桓玄-5/11


【あらまし】

 苻堅、前涼を滅ぼしました。さらに代にも進軍し、追い詰めます。このひと前年に武を収めて文を養うとか言ってませんでしたっけ。晋もこうした前秦の振る舞いを見て警戒態勢を募らせていき、決戦の機運が更に募ります。



【できごと】

 苻堅、前年に「私は文の充実に動くぞ!」と宣言したはずですが、そういうタイミングで張天錫が乱政に走ります。なんかもうここまでの苻堅の動き方を見ると「本当かよ」って疑いたくもなってきて仕方がないのですが、ともあれ十三万もの軍を興し、前涼攻略を開始。はじめ強気に立ち向かった張天錫でしたが、そもそもにして軍の厚みが比べものになりません。あっという間に追い詰められ、降伏。ここに前涼が滅亡しました。常拠と言う人物は善戦の果てに都の方を向いて自害をしていますが、その都では張天錫があっさり降伏と、例によって配下とトップのコントラストがアンバランスすぎます。このとき晋も朱序をはじめとした軍を動かして前秦軍の後背を衝かせるような動きをさせたのですが、全く意に介されませんでした。


 さて、劉衛辰。たびたび拓跋什翼犍に攻められていましたが、ここでついに改めて苻堅に泣きつきます。苻堅もまたこれを好機だと思ったのでしょう、代討伐の軍を立ち上げます。こちらの軍はおよそ三十万規模であったそうです。ねえ文は? 劉衛辰の先導により、前秦軍は破竹の勢いで代国領を進みます。この事態を受け、拓跋什翼犍は匈奴独孤部の劉庫仁に十万騎を授けて防戦させました。ちなみに独孤部ですから、当然その血族は後の世の北周・隋・唐において外戚となる独孤氏にも連なっています。ただこのときの劉庫仁は前秦軍にまるで抵抗できずに大敗。さらにこれを受けていままで拓跋氏に頭を押さえ込まれていた諸部族も反乱を起こし始めます。こうして、代はいきなり滅亡の瀬戸際にまで追い込まれました。


 前秦が西や北の併呑に動いている際、晋は淮水北部の民を南部に避難させています。遠方の動きが一段落すれば前秦の牙が南に向くのは必然、と言うしかないのです。ここで北方エリアに配される名前はのちの淝水の戦いでもその名前を聞く人物が増えてきます。ちなみに資治通鑑は書いていませんが、この頃淮水エリア、州区分けで言うところの兗州を守っていた将の名前は、朱序と言います。上の方でもちらりと名前を載せてみましたが、ここでもまた出てきました。朱序、朱序をよろしくお願いします。

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