第五十話 後悔とは?
雲一つ見当たらない青空の上空には、小さな点のような鳥影が一つ……地上では、高い空を見上げる二匹の猫の姿があった。
近くの林からは、野鳥のさえずりや菜の花の香りに誘われた虫の羽音さえ聞こえてくる。まるで、人間の存在が感じられない……自然の生き物が奏でる音で満たされていた。
そんな風景の中に微かに漂ってきたのは、線香のような香りだった。
「クシュン」
「……風向きが変わったようじゃの」
アオのくしゃみに黒猫は木々の奥へと視線を送りながら、呟いた。
アオもつられて視線を向けると、木々の隙間から小さな古い寺の屋根が遠くに見えた。再び空を見上げてアオは、独り言のように呟く。
「あの小さく見えるのは……鳥なのかなぁ。この間のカラスさんかな」
「さて、どうじゃろうな。とんびではなさそうじゃな。さて、行こうか」
黒猫が歩き出すと、アオが飛び跳ねるように軽く走って黒猫を追い越してから止まる。黒猫との距離が近づくと、またアオは前方へと駆け出してから立ち止まる。
「今日は、どこに行くんですか?」
「そうじゃな……あの公園に行ってみようかの」
「……!!本当ですか。じゃあ、ついでに……」
「ふむ、いいじゃろう。お前さんの家にも行かんとな……」
その声を聞いた途端、弾かれたようにアオが走り出した。淡い緑色の背丈が伸びた草むらの中を疾走しているサワサワという音と草をかき分けるくぼみが動くのが見えるだけだ。
黒猫は、そんなことはお構いなしで、ゆっくり歩き続けている。
草むらからは、嬉しそうなアオの顔を出し、顔を引っ込めると……また草むらの中を駆け回っている。
「アオ……今日は、ずいぶん嬉しそうじゃな……」
荒い息遣いのアオが、ようやく草むらから出てきて黒猫の横に寝そべり、お腹を上下させて呼吸を整えている。
黒猫も歩みを止めて、寝そべるアオの横に座った。
「アオよ……そろそろ寝床を変えようと思うんじゃが、お前はどうする?自分の家に帰りたいかの?」
「はぁ、寝床……ですか。今の隠れ家……季節が変わった……からですね。そうだな……ボス、どうしてるかな」
アオは、考え込むように長いしっぽを数回揺らしたり、しっぽで地面を叩いた。
「お前が、待つものの元に戻るのも、自分のやりたい事をするのも……自分で決めるんじゃよ」
「自分で……決める?」
「そうじゃ、後で後悔するのは、何かの理由を自分以外にすり替えた時じゃ。その時は分からんじゃろうが、後で分かるんじゃよ」
その黒猫の静かな声に、アオは起き上がり、手足と同じように、しっぽもピーンと伸ばしてから座った。
黒猫が優しく見つめる先には、それを静かに見つめ返す真剣な青い瞳があった……。




