第四十九話 見守られる人
吹き抜ける風が木の葉を揺らして過ぎ去っていく。視線を落とし、黒猫の息遣いの音を頼りにアオは歩き出した。
「あんたもあの子も……ゆっくり歩くのが流行ってるのかい?」
「ふぉふぉっ、ワシは歳のせい、アオは誰かさんに怖い思いをさせられたからじゃろうな」
黒猫とカラスは、アオの緊張をほぐそうとしているようだ。
「あっ、私が怖いなら、その辺りでもいいよ。坊やに聞きたい事があるだけだからさ」
カラスの言葉にアオが顔を上げ、視線の先の黒猫とカラスを見つめた。
「あ……あの、聞きたいことですか?」
「そんなに怖がらなくていいんじゃよ。前に話したと思うが、彼女は神さまの使いなんじゃ。まだ見習いらしいが……」
「神さまの……使い?……本当に実在するんですか!?昔話やおとぎ話じゃなくて?」
「そんな大層な事じゃないけどさ、一応私が神さまの言葉を山や地域のリーダーに伝えたりしてるのさ。それに情報収集を手伝ってもらったり、特定の人物の見守りとかも頼んでいるのさ」
そう言って、カラスは閉じた翼の羽をクチバシで丁寧に整えていた。
「アオの飼い主……その人間も、ワシら……猫と話せると言っておったじゃろ?」
「えっ、千紗の事ですか?」
「そうじゃ、ワシらの行く手を邪魔するもんがおって、なかなか会えずにいたがの……」
その時、カラスが大きくバサバサと翼を広げて音を出した。
「ひゃっ……」
「そう、私が聞きたいのは、その人間の話さ!」
「昔はさ、もっと私たちと話せる人間がいたんだけどねぇ……」
「昔から人間の周りにも、神さまの使いとしてのカラスがいたんじゃよ。森の中で暮らす人々には、ハシブトガラス、山里や平地に暮らす人々にはハシボソガラスが担当しておった……」
「カラスは三種類じゃなくて、今度は二種類ですか?」
「それは、分け方の違いじゃな。まず、日本のカラスの住処は、森と平原で種類ごとに住み分けておるのじゃよ。それぞれの縄張りがあるからの」
「そうよ、私のように森で暮らすハシブトガラスは、八咫烏と呼ばれたものもいたのさ」
そう言ってカラスは、威厳を示すように首を伸ばして頭を高く上げた。
「まぁ、そうじゃな。自然の中で共に暮らすには、神さまの知恵や言葉を聞く事で、より良い生活ができた時代があった……それは、動物に限らず、人間も同じだったんじゃろう」
「黒猫の言うとおりさ。だからこそ、人間の中で人間以外の声が聞こえたり、視えたりするものが少数存在し続けていたんだろうさ……」
「じゃが、現代では……人間の多くは、自然や神さまの存在を忘れてしまったのかもしれんの。自らが神のように振る舞う人間さえ出てきたようじゃ。その上、自然の声を聞ける者の数も減っていく一方じゃ……」
「私たちカラスは、今も住むエリアごとの人間の見守りをしているんだよ。人間は、気付いちゃいないけどさ。私たちは、ある時は上空を舞いながら、またある時はゴミ出しする人を電線から眺めているのさ。ふふっ……声を聞ける者は、普段は大抵視線を落としているが、視線の先の虫や草花に話しかけているよ。その者の実際の声は出さないが、心の声は……生き物に対しての挨拶に忙しそうに見えるね」
カラスの言葉に対して、黒猫は目を閉じて時々しっぽを揺らしている。アオも、いつしか身を乗り出すようにしてカラスとの会話に夢中になっていた。
「それって……この街にも、カラスが見守り続けていた人がいたという事ですよね。でも、ある日を境に見失ってしまって……地域のリーダーと共に、その該当する人物がいないかを探している……それが神さまの使い……」
「そう……それで、坊やが知ってるらしいって、黒猫から聞いたんだけどさ。本当かい?」
「……心の声で、話す人間……それって千紗の事かな」
「そう、その人間の家が火事になったろ?」
「火事!?火事になんてなってませんよ!!走ればすぐ着く場所にちゃんと家はあります。千紗は、お出かけする時があるから、家に居るかは分かりませんが……とにかく、火事だなんて縁起でもないこと言わないでください。心配で……走って見に行きたくなってきちゃった……」
「おやおや、急に元気が出てきたようだね。でも、確かかい?火事にはなって、いない……」
少し離れた場所で話し始めたはずが、夢中になったアオは、カラスに迫る勢いで言った。
「なってません!!黒猫さんも、見て知っていますよね、ねっ」
「そうじゃな、アオの飼い主の家やワシの縄張りでは……火事は起きておらんぞ。その見守っていた人間の情報が間違っているんじゃないのかのぅ」
「おかしいね、確かな情報としては……女性、住んでいた場所から煙が立ち上っていた……つまり、火事だろ」
考えを振り払うようにカラスは、頭を振った。
「見守っている人の名前は?」
勢いが止まらないアオが、すかさずカラスに質問した。
「……名……前?そんなのは……知らないさ。人間の特徴は、子供と老人の間……女性。それに……目を見れば分かるんだよ」
カラスは器用に片足を上げてポリポリと首元を掻いている。
「なるほど……では、ワシがその人間に会ってみて、見守りの相手なのかを確かめるから、次の話し合いまでにそっちは名前や他の情報を集める……というのは、どうじゃ?」
「あぁ、そりゃいいね。じゃあ、そういう事で……坊や、またね」
カラスは首を傾げて、アオの瞳の奥を覗き込んでから……サッと翼を広げるとフワリと宙に浮き、力強く羽ばたきながら、ぐんぐん上空へと飛び去っていった。
「……空、飛ぶのは……走るより速いですね」
「ふぉふぉ、お前さんは面白いやつじゃの」
カラスが去った後も、アオの好奇心が膨らみ黒猫に質問を続ける。黒猫も、ゆっくり話し始める……そんな日常の時間が戻ってきたようだ。
……それは、また別のお話で……




