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ある日の猫  作者: 星乃夢
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第五十一話 表裏一体



 五月の終わりが近いある日、ついこの間までは木々が柔らかな薄緑色だったが、いつしか力強い濃い緑色へと変わっていた。爽やかな風も湿気を含む事が多くなり、気温もぐんぐん上がっていく。

 今日は、雨の匂いが近づいて来ており、青空と太陽を隠すように、次第に雲が厚みを増していた。


「えぇっと……こうかい……。その言葉は、知りませんでしたが、いつも自分で決めてきました。だから、失敗や間違えもありましたが、それがあったから今があるって思ってて……上手く言えませんが」

「ふぉふぉ、そうか……ワシの考え過ぎだったようじゃな。いつもワシの言う通りにしておったから、てっきり自分で考えずに従っておるだけなのかと……そうか、そうじゃったか」 

 黒猫は、しっぽをゆっくり動かしながら、目を細めた。

「それで……今度の寝床は、どこですか?今の木箱は一人用だったでしょう。ちょっと狭かったですよね。まぁ、寒い時期だったから、あったかくて良かったかも……」

「おぉ、そうじゃ。親子以外で一緒に行動する野良猫は、ほとんどおらんじゃろうて」

「そうですよね、僕が飼い猫になって二回目だから……みんなくっついて寝るのが当たり前になっていました。今更ですが、黒猫さんは一緒に寝るのが嫌でしたか?」

 黒猫が何と答えるのかと待つアオの鼓動が速くなった。黒猫の目は閉じられたままだ。しっぽだけが、ゆっくり動いている。

「もちろん……嫌どころか、冬の寒い時期に凍えなくて済んだのは、お前さんのおかげじゃ。感謝しておるくらいじゃよ」

「あぁ、良かった……それなら、早く言ってくださいよぅ。てっきり、嫌だったから……返事に困っているのかと」 

 黒猫の言葉を待って緊張で固まっていたアオの体が、一気に普段のしなやかさを取り戻した。

 その時……

「ガァー、ガァー(注意しろ)」

「ガァー、ガァー、ガァー、ガァー、ガァー(何かが近づいて来てるぞ)」 

「ガァー、ガァー、ガァー(こっちだ)」

 数羽のカラスが大きな声で鳴きながら、アオと黒猫の上空を飛び去って行った。その向こうの離れた場所からもカラスの鳴き声が聞こえた。

 緊張から安心し、今度は驚きで身を低くしたアオは、動じることなく辺りをゆっくり見回している黒猫に向かって言った。

「うわ、びっくりした。何か……騒いでるみたいですね」

「そうじゃな……ちょっと大変そうじゃから、ワシらも向こうに行ってみるかの」

 そう言うと、黒猫はカラスの群れを追いかけるように走り出した。

『やったー!また黒猫さんが走ってくれて……早く着きそうだ。こうして風に乗るように走るのって楽しいな』と、アオは心の中で喜んでいた。


 二匹が到着したのは、片側が山の斜面に繋がる小さな公園だった。そこでは、カラスの群れの数羽が飛びまわり、近くの電線にも並んで停まっていた。

 一度にこれほどたくさんのカラスを見たことがなかったアオは、黒猫に身体を擦り寄せるようにしていた。

「ガァー、ガァー(注意しろよ)」

 聞き取れない程のカラスのしゃがれた鳴き声が飛び交っている。

「カー!!」

 よく響く声……違うカラスの鳴き声だった。

 

「何だ、お前。ここは、俺たちの縄張りだぞ」

「そうだ、そうだ。入ってくんな!」

 群れの若いカラスが、啖呵を切ると、電線にいるカラスもその場で羽ばたくような仕草をして同調している。

「あんたら、若いねぇ。よくお聞き、私は伝言を伝えに来ただけさ。伝言係は、居ないのかい?」

「はぁ?笑わせんな、伝言だと……なぁ」

「ん……あぁ、伝言係なんて居たっけ?」

 スラッと細身のカラスの群れ中に、一羽だけ体が大きくクチバシが太いカラスが混じっているようだ。

「こっちは、暇じゃないんだよ!」

 ハシブトガラスが羽を大きく広げ、バタバタとその場の風を切った。丁寧に翼を折りたたむと、首を傾げてハシボソガラスの若い二羽に囁いた。

「待ってる間に……私と勝負してみるかい……」

 そこに二羽のハシボソガラスが飛んで来て、間に割って入るようにして木の枝にとまった。

「お待たせしてしまったようで……おい、お前ら、あっちへ行け。狭いだろう」

 新たにやって来た二羽は、落ち着いた様子の中年あたりの年齢に見えた。

「おやおや、あんたが伝言係かい。私は、この春から先代の御使いの代わりになったんだ。よろしく頼むね……フフ」

 またしても、首を傾げてハシボソガラスの目を覗き込んでいた。

「はい、御使いが変わると話は聞いています。私は、この辺りの町中と緊急用にトンビがいる山までをまとめております」

「早速だけどさ、()()()()の情報は集まってるかい?」

「あの……見守りを続けていた人間ですね。それがですね……情報によると、一人じゃなくて二人みたいな……対象者は一人だと聞いていたので」

「なんだい?見りゃ分かるだろう。一人が二人って……それは、誰の情報なんだい」

「人間に近い場所にいるスズメとネズミの情報なんですが、どちらも一人って言ったり、二人って言ったりしていまして……」

「ふ〜ん、スズメとネズミなら、数を数え間違うとか、人の顔を見間違えたりしそうだね。分かったよ。私から……こちらを見上げている猫に頼んで確認してもらうことにするよ、ありがとね。それと神様からの伝言だけどさ、近々嵐が来るから用心するようにって……みんなに伝えてくれるかい」

「はい、分かりました。では……」

 そう言うと、ハシボソガラスは羽を広げ、街に向かって飛び上がった。それを合図のように、集まっていたハシボソガラスの群れも飛び上がり、それぞれの方向へと飛び去っていった。


 騒がしく、緊張感を含んだ空気が公園からスッと消えて、残ったのはハシブトガラスと黒猫とアオだった。

 黒猫とアオは、公園横の大きな木の枝にとまったハシブトガラスを並んで座って見つめていた。

「話は聞こえたね。対象者が一人か二人かを確認してくれるかい。私たちカラスが見張ると目立つからね。今日は急ぐから、また今度聞きに来るからさ。頼んだよ」

 そう言い終わると、大きく翼を広げたカラスは、木の枝からぐんぐん上空へと登っていった。

「あの……返事も聞かずに、言いっぱなしでしたね。それに、しゃべり方……あの時のカラスさんですよね」

 呆気に取られたようにアオが言うと、黒猫は座ったままで、しっぽの先だけを曲げたり飛ばしたりして……何かを考えているようだった。


「ところで、見守りって……なぜずっと見守るんですか?」

「アオ……そうじゃ、よく気がついたの。見守りは、危険と隣り合わせなんじゃよ。光と闇の世界と言えば分かりやすいかの。闇の世界では、見守りの対象者が光って見えるから目立つんじゃ。引きずり込もうと探しておるものにとっては、目印みたいになるんじゃよ」

「引きずり込むって……もしかして、千紗にも危険が?」

「ふむ、前の情報じゃと、その者の家から煙が立ち上っていたらしいから、アオの飼い主の家の事ではなさそうじゃ。しかし……」

 黒猫の言葉が終わる前にアオは走り出した。その公園は、千紗の家のすぐ近くだったからだ。


『まさか……千紗。大丈夫だよね……ボスとミーがちゃんと守ってくれてる……はずだよね。今、行くから……』

 アオは、何も考えられなかった……心配、そして一目見て、安心したい。その一心だけで、千紗の家へと駆けていった……。

  


 

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