第64話 みんなの気持ち
いつまでそこに立っていたか分からない。
でもずっとそこに立っていたら、そのうち帰り支度を済ませた別の部員がやって来ると気付いて、その場を離れた。
顔を合わせる勇気は、なかった。
・・・・・・
「輝、さすがに遅いよ。『すぐ行くから』って言ってたのに」
「ごめん……」
校門で待たされっぱなしになっていた陽和が、すねたように言う。
これが普段なら、すねた陽和もかわいいと思えるけれど……
……。
「まあ、仕方ないよね。あんな話、聞かされてたんでしょ」
「え――?」
あんな話――?
「琴音に聞いたよ。みんなが輝のこと好きだったのに、って話」
そうか。
俺より前に帰った琴音は、ここで俺を待っていた陽和と出くわしたんだ。
「私、そんなに鈍くないよ。みんなが輝にそういう気持ちを持ってたのぐらい、私だって分かってる」
陽和はさらりとそう言った。
「だからみんなより先に言ったんだよ、『好き』って。輝もこの前、観覧車の中で私に言ったでしょ。『こういうの憧れてた』って。今日だって私のこと、好きって言ってくれたし」
「うん……」
俺が情けない返事をすると、陽和は口をとがらせた。
「私も輝も、別に悪いことしてないじゃん。『かおる祭が終わるまでは告白しない』とか、そんな約束誰ともしてないもん。今日告白したって、文句を言われる筋合いはないよ」
……確かにそうかもしれない。
俺も「かおる祭が終わるまで誰とも告白しない」なんて約束はしてないし、そんなルールは決められていなかった。
もしかしたらみんなの中ではそれが不文律化していたかもしれないが、俺は知らされていなかった。
「それに私だって、輝に『好き』って言ってもらえない可能性もあった。輝、思わせぶりなことはするのに肝心なことはハッキリ言わないんだもん。私、振られるかもって思いながら告白したんだよ。いけない?」
「ううん……」
まだ情けない俺の返事に、陽和はぷいっと顔を逸らす。
「私はどうしても輝が欲しかったの。だから私は先に手を付けた。みんなが輝のこと好きだったのなら、私よりももっと輝の気を惹いて、私よりも先に手を付ければよかった。そういうものでしょ? こんなの、平等なわけないじゃん」
そう言って陽和は、こちらを向いて一歩踏み出す。距離が、縮まった。
「だから、輝――そんな顔しないで。輝はやさしいから気になっちゃうと思うけど、いいんだよ、これで。ほら――」
陽和は左手の小指を立てて、俺の胸へ近付ける。
やさしく微笑む陽和に少しほっとして、俺も立てた左手の小指を、陽和と絡ませた。
「でも――輝にはちょっとショックだったかもね。今日はもう帰ろ。帰って家でゆっくりして。何も考えないで」
そう言って、陽和は手を後ろで組み、顔を近寄せてくる。ふわり、と髪のにおいが鼻をくすぐった。
「明日のかおる祭、頑張ろうね。それから――かおる祭が終わった後は、今まで以上に仲良くしよ。ずーっと」
それから陽和は俺の後ろに回って、両手で背中を押してきた。
「ほら、歩け歩け。でないとこのままバス停まで押してっちゃうよ」
「あ、ちょっと――」
俺は学校前のバス停まで、陽和に押されて歩いた。
・・・・・・
家に帰った。
畳の上に鞄をどさりと降ろし、そのままばたりと横になる。
いったいどういう日だったんだろうか、今日は。
陽和が――あのやさしい陽和が「同級生」から「彼女」に変わった。生まれて初めて「好き」と言い合えた相手になった。
たぶんここまでの人生で、一番うれしい日なんだろう。これからも一生思い返す、記念日になったはずだ。
それでも――今はとてもそういう気分にはならない。
陽和と特別な仲を結んだことと引き換えに、他のみんなは……
『みんなそれぞれに輝さんのこと、いいなって思ってた』
『せめてかおる祭まではその気でいたいな、って』
『みんなその気のまま、舞台に出られたはずだったのに』
愛はそんな事を言って、つっと涙を流して立ち去った。
あれは――あの涙は愛ひとりのものじゃなく、「みんなの涙」だったんだろうか。
『もうちょっとだけ、周りを――私たちを、見てほしかった』
……俺は今日、みんなの気持ちを無造作に壊してしまったのかもしれない。
愛の言う通りに、もうちょっとだけみんなをそういう目で見ていたら、今日みんなを失意に晒さずに済んだかもしれない。
もうちょっとだけ、みんなを幸せにできたかもしれない……
・・・・・・
『私も輝も、別に悪いことしてないじゃん』
『そんな約束誰ともしてないもん』
今日、陽和はそう言った。
確かに、その通りだ。俺の反省はともかく、これまで俺は「みんなの気持ち」を知らなかった。そしてみんなの気持ちに沿わないことをして、いけないという決まりもなかった。
それに「片想い」は成就するとは決まっていない。相手がその想いを拒んで、切実な片想いが破れるなんてよくある話だろう。
『私はどうしても輝が欲しかった』
『輝のこと好きだったのなら――私よりも先に手を付けるべきだった』
『恋なんて、平等なわけないじゃん』
そうだ、その通りだ。
その通りだと、思うけど――
ならどうして、こんな気持ちを抱いたまま横になって、起き上がる気力も湧かずにいるんだ。
・・・・・・
仲良くなってから、毎日のようにくっついてきてたくさんおしゃべりをしてくれた里奈。小さくてかわいい、合唱部の最年少。
悪戯っ気があって、でも頭もよく回るしっかりした愛。俺が合唱部から外れようとした時は、やさしく、少し強引に引き戻してくれた。
あんまり落ち着きがない、可愛らしいお人形さんみたいな絵里さん。もう少し落ち着いていれば魅力的なのに――とも思ったけれど、天真爛漫なその姿こそが、きっと絵里さんの本当の魅力なんだ。
琴音――いつも陽和から一歩引いて、生真面目に副部長として働き続けるサポート役。「想い」まで一歩引いてしまって、遊園地で俺の指2本だけをきゅっと握るだけだった控え目すぎるその性格。
すらりとした長身で美青年な雰囲気を漂わせる花菜さん。落ち着いてしっかりしていて――微笑と共にやさしく頭をなでられた時は、思わず固まって動けなかった。
口数が少なく何を思っているか分からない――愛の世話役の千尋。途中からなぜか俺まで面倒を見られた。遊園地へ行ったときは、意外によく俺の事を見ていて気にかけてくれた。
・・・・・・
これだけの大切な人たちが、想いを遂げられず失意に暮れている。
もちろん、陽和だって大切だ。俺を合唱部に招いてくれた「きっかけ」の人。辺りが真っ暗になるまでふたりで寄り添い語らい合った、やさしい俺のパートナー。
こういうものは、基本的に「誰かひとり」を選ばなければならないものだ。そして俺は陽和を選び、陽和に選ばれた。だから今日からの俺は、陽和だけを見つめて過ごす義務がある。
……。
それでも――
みんなをただ失意に暮れさせるだけに、したくない。
今ひと時だけでも笑顔に――幸せな気持ちにさせてあげたい。
・・・・・・
横になったまま、考える。みんなと笑ってかおる祭を終えられる方法を。
できるなら、7人まとめて抱きしめて、安心させたい。
でも、俺の腕はそんなに広くない。
……。
いや――




